第1話
卒業旅行で雪山へ出発する当日、恋人の西森葵(にしもり あおい)と突然連絡がつかなくなった。
空港で焦りながら彼女を待っていると、ルームメイトから意味深なメッセージが届いた。
「隼汰、そんなに焦るなって。もうすぐ大サプライズがあるから」
俺・小林隼汰(こばやし はやた)はほっと胸を撫で下ろした。
葵は遅れているだけで、きっと着飾るのに時間がかかっているのだと思った。
彼女は以前、こう言っていた。卒業したら、すぐにウェディングドレスを着て俺のもとへ嫁ぐ、と。
ところがその直後、クラス委員長がグループチャットに祝福のメッセージを送ってきた。
【西森葵さんと佐藤玄一(さとう げんいち)さんの婚約パーティーにお越しいただき、ありがとうございます!3年間の交際を経て、ついに結ばれました!】
そのメッセージはすぐにグループ内の全員の注目を集め、クラスメイトたちは次々と祝福の言葉を寄せた。
そして、ようやく誰かが異変に気づいた。
【うわ、委員長。隼汰をグループチャットから外すって、忘れたの?】
その一言で、グループチャットは一瞬にして静まり返った。
直後、みんなが一斉に俺をメンションし始めた。
【隼汰、絶対に会場へ乗り込んで騒ぎを起こすなよ。2人は三年間も密かに付き合ってたんだ。ここまで来るのだって大変だったんだから】
【お前、普段から束縛が強すぎるだろ。玄一なんて、この3年間、顔を出すことすらできなかったんだぞ。あいつも可哀想だよ】
挙げ句の果てには、指導教員の関先生まで俺を諭してきた。
【この件は、もう水に流そう。君も男なんだから、もう少し大らかになりなさい。騒ぎを起こさず、あの二人にせめて顔を立ててやってくれ】
一言、また一言と追い詰められていくうちに、息が詰まり、問いただす気力すら失っていた。
どうやら、結婚の約束だけが嘘だったわけではないようだ。
この4年間に俺が経験したすべてさえも、最初から全部、偽物だったのだ。
第1話
グループチャットでは、俺に「大目に見ろ」と諭すメッセージがまだ続いていた。
関先生からは、ついに直接電話までかかってきた。
「隼汰くん、先生の言うことを聞いてくれ。今日はこんな日なんだから、わざわざ水を差しに行くのはやめなさい」
俺は拳を握りしめ、低い声で問い詰めた。
「でも、俺と葵は4年間付き合ってきた。それはいったい何だったんですか?」
関先生はため息をつき、ますます俺を諭すような口調になった。
「君はどうしてそんなに頑固なんだ?玄一くんは高校すら卒業せずに働き始めて、葵を大学まで通わせたんだ。あいつがどれだけ苦労してきたか、君に分かるのか?
君は恵まれた家庭に育って、学歴もある。卒業後の将来だって明るい。これからどんな女性だって選べるだろう。なのに、どうしてわざわざ苦労してきた人間と張り合う必要がある?
先生から頼む。少しは男らしく大らかになってくれ。騒ぎを起こすのはやめなさい。そんなことをしたら、みんなが気まずい思いをするだけだ」
俺の呼吸が、かすかに震えた。
「じゃあ……みんな知ってたんですか。俺だけが馬鹿みたいに騙されてたってことですか?」
関先生は一瞬黙り込んだ。
「君は気が強いだろう。もし感情的になって手を出したりしたら、学校の評判にも関わる。だから君には黙っていたんだ。
葵は情に厚い、いい学生だ。本人が選んだのなら、君も潔く身を引くべきだ」
そう言い終えると、関先生は一方的に電話を切った。
俺は人が行き交う空港のロビーに一人取り残され、途方に暮れた。
どれほど時間が経ったのか。やがて、搭乗を促す空港アナウンスが流れ始めた。
俺は苦笑しながら、手にしていた航空券を引き裂いた。
これは半月前、葵が自分で予約してくれた2人分の航空券だった。
彼女は俺と一緒にスカイダイビングをすると言っていた。10000メートルの空で、俺から指輪を受け取るのだと。
なのに今、彼女が先に指輪をはめた相手は、別の男だ。
それでも俺は、すべてをはっきりさせたい。震える手で、葵に電話をかける。
電話の向こうは、ずいぶん騒がしい。
時折、クラスメイトたちの冷やかす声まで聞こえてくる。
葵は静かな場所へ移動してから、声を落として言った。
「隼汰、ごめんね。昔からの友達と何人か一緒に食事してるの。だからちょっとうるさくて」
こんな状況になっても、まだ俺を騙し続けるつもりなのか。
俺は鼻で笑い、単刀直入に切り出した。
「葵、グループチャットのメッセージ、見たよ」
電話の向こうが、一瞬静まり返った。
やがて彼女はため息をつき、困ったような声で言った。
「やっぱり、知られちゃったんだね。ごめん。私にも悪いところがある。でも、本当にどうしようもなかったの。
玄一は体が弱いし、ここ数年ずっと外で苦労してきたの。あの人が唯一心残りにしてるのが、私とちゃんとした式を挙げることだったの。
私たちは婚約しただけで、まだ入籍してない。法的な効力もないんだよ。
私が心から愛してるのは、今でもあなただよ。男なら、私の苦しい気持ちを少しくらい分かってくれてもいいんじゃない?」
俺は信じられない思いで、スマホを強く握りしめた。
「俺に黙って別の男と婚約しておいて、それでも俺に理解しろっていうのか?」
俺が怒っているのを感じ取ったのか、彼女は少し声を柔らげた。
「隼汰、あなたって普段はもっと大らかじゃない。玄一には何もない。あの人には私しかいないの。
でも、あなたは違うでしょう。あなたには大切にしてくれるおばあちゃんもいるし、学歴もある。
これからだって、いくらでも輝かしい未来がある。どうして、ただの名目上の婚約くらいで彼と張り合うの?
今日が終わったら、明日は一緒に雪山へ行くから。それでいいでしょう?」
あまりにも当然のように言う彼女の言葉に、電話の向こうの彼女が、まるで知らない人のように思えた。
まるで、裏切ることなど彼女にとっては何でもないことのようだ。
俺は一瞬黙ったあと、冷たく告げた。
「葵、俺たちはもう終わりだ」
第2話
電話を切った直後、ルームメイトの長島凱斗(ながしま かいと)から写真が送られてきた。
写真の中で、上品なドレスに身を包んだ葵が、スーツ姿の男に寄り添い、幸せそうに微笑んでいた。
続いて、凱斗から長いボイスメッセージが届いた。
「隼汰、見たか?これこそが本当の愛ってやつだよ。
お前、普段からエリート気取りで、まるで自分以外はみんな格下みたいな態度を取ってるだろ。葵はとっくにうんざりしてるんだよ。
お前より玄一のほうがよほど優しいぜ。あいつは一度だって葵にプレッシャーをかけたことがない。お前なんて、彼女を束縛する以外に何ができるんだ?
いい加減、身の程をわきまえろ。自分から葵の世界から消えろよ」
俺はその写真を見つめた。胸を生きたまま抉り取られたような痛みが走った。
葵が身につけているドレスは、俺が1年間貯めた奨学金で買った、卒業祝いだ。
それなのに今、彼女は俺が贈った服を着て、別の男と婚約している。
怒りに震えながらスーツケースを引き、俺は空港を出た。
そのままタクシーを拾い、ホテルへ向かった。
俺が会場に姿を現した瞬間、クラス委員長が真っ先に立ちはだかり、メインテーブルの前を塞いだ。
「隼汰、本当に会場まで乗り込んできて、めちゃくちゃにするつもりか?みんな同じ大学で4年間過ごした仲だろ。それなのに、どうしてそこまでやるんだ?
玄一と葵のほうが、もともとお似合いなんだよ。二人がここまで来るのだって簡単じゃなかった。もう少し大らかになれないのか?」
俺は委員長を無視し、メインテーブルにいる葵をただ睨みつけた。
彼女は俺の前まで歩いてくると、困ったようにため息をついた。
「隼汰、さっき電話でちゃんと説明したでしょう。これはただの儀式よ。玄一を安心させるためのものなの。
こんなときにわざわざ騒ぎを起こして、みんなを困らせる必要があるの?」
彼女が手を伸ばして俺を引こうとした。俺は身をかわして、その手を避けた。
「葵……本当に気持ち悪いよ」
そのとき、スーツ姿の玄一がこちらへ歩いてきた。
整った、どこか無害そうな顔立ち。
いかにも女性受けしそうな優男だった。
「小林さん、葵を責めないで。全部、僕が悪いんだ。
僕が欲張りだったんだ。彼女が今愛しているのは小林さんだと分かっていたのに、それでも僕は、ちゃんとした儀式をしてほしかった。
殴っても、罵っても構わない。全部僕にしてくれ。どうか葵だけは責めないでくれ」
そう言いながら、玄一は本当に俺の前に跪こうとした。
葵は慌てて彼を支え、そのまま自分の後ろに庇った。
「玄一、体が弱いんだから、無理に動かないで」
そう言うと、彼女は振り返って俺を見た。その目には、非難の色が浮かんでいた。
「隼汰、いったいどうしたいの?私はもう説明したし、謝ったでしょう。玄一だってここまで譲歩してるのに、それでも私たちを追い詰めるつもり?」
俺は、まるで世間に見捨てられた恋人同士のように寄り添う二人を見つめた。
すると、急に可笑しくなった。
「一人は3年間、俺を騙し続けた。もう一人は、彼女に恋人がいると知りながら、しつこく付きまとった。
お前たち、『譲歩する』って言葉の意味を勘違いしてないか?」
俺が言い終えると、あるクラスメイトが我慢できなくなったように口を挟んだ。
「隼汰、お前、いい加減にしろ。
玄一は葵を大学まで通わせるために、一生懸命に働いて腰を壊したんだぞ。お前は葵のために何をしてやった?
お前はただ、葵と昔から付き合ってるっていうだけで、毎日のように彼女にプレッシャーをかけて、別れられないようにしてただろ!」
別の男もすぐに同調した。
「そうだ!葵はいい子なんだ。お前に彼女の人生をめちゃくちゃにさせるわけにはいかない!」
俺は周囲を見回した。そこにいるのは、大学4年間、ずっと見慣れてきた顔ばかりだった。
俺は彼らの勉強を教え、履歴書の添削を手伝い、急な出費が必要になったときには金まで貸した。
それなのに今、彼らは全員、正義を振りかざして俺を踏みにじっている。
「……そうか。分かった」
俺は驚くほど冷静に葵を見つめた。
「そこまで愛し合っているなら、俺が身を引いてやる」
俺はバッグから鍵束を取り出した。大学の近くで俺たちが借りていた部屋の鍵だった。
家賃を払っていたのも俺、敷金を出したのも俺だった。
俺は鍵を葵の足元へ投げ捨てた。
「明日中に、お前の荷物を全部運び出せ。期限を過ぎても残っているものは、全部ゴミ箱に捨てる」
葵の顔色がわずかに変わった。だが、すぐに平静を取り戻した。
「隼汰、今は頭に血が上ってるんでしょう。今は何も言わないでおく。何日か経って、あなたが冷静になったら、また会いに行くから」
俺は何も答えず、そのままホテルを後にした。会場を出た直後、背後から歓声が上がった。
「やっとこの束縛男を追い出せた!」
「ほら、続き続き!」
「キスしろよ、キスしろ!」
第3話
一晩中、吐き気がするほど気分が悪くて、何も食べられなかった。
翌朝早く、俺は関先生に呼び出され、研究室へ向かった。
彼は俺の大学院入学推薦状と優秀卒業生表彰状を指差し、不機嫌そうな口調で言った。
「隼汰くん、昨日の婚約パーティーで騒ぎを起こしたそうだな。かなり悪質な影響が出ている。
この優秀卒業生表彰状は、君のために用意されたものだ。葵もまもなく大手企業に就職することになっている。
もし君がこのタイミングで、彼女に不利になるようなことをあちこちで言いふらすなら、2人の将来を潰すことになる。
君の大学院推薦についても、学校側でもう一度会議にかけて検討する必要があるだろう」
俺は拳を強く握りしめた。
「……脅してるんですか?」
「君に、人としてどうあるべきかを教えているんだ」
関先生は湯呑みを手に取り、ゆっくりと一口飲んだ。
「玄一には私も会ったことがある。真面目で素直な青年だ。君は何もかも恵まれているんだから、もう少し大らかになって身を引くべきだろう。
男なら、恋愛ごときにいつまでも振り回されるものじゃない。たった一人の女のために、自分の将来まで台無しにするな」
俺は申請書をひったくるように取り上げ、冷たい目で彼を見た。
「俺の将来は、尊厳を売り渡してまで手に入れるものじゃありません」
これが、彼らにできる最も卑劣なことだと思っていた。
だが、キャンパスの遊歩道まで来たところで、銀行口座から出金されたという通知が届いた。
それは俺と葵が作った同棲カップルの共同口座だった。
そこには、俺がここ数年アルバイトをして貯めた100万円が入っていた。
祖母は最近、病状が悪化して、ずっと故郷の病院に入院している。
その金は、祖母の手術費として用意していたものだった。
俺はすぐに葵へ電話をかけた。
「口座の金、どうしてなくなってる?」
彼女は悪びれもせず答えた。
「玄一の妹が学費を払わないといけなかったから、急場しのぎに貸したの。
隼汰、あなたもしばらくそんな大金を使う予定ないでしょう。少しくらい、あの人たちを助けてあげてもいいじゃない」
怒りで全身が震えた。
「これは祖母の治療に必要な手術費だぞ。どうして勝手に俺の金を使った?」
彼女なら、少しは動揺すると思っていた。
ところが、彼女の声はますます苛立ったものになった。
「もう、何でもおばあちゃんを理由にするのはやめてよ。
おばあちゃんの病気だって、今日明日でどうにかなるものじゃないでしょう。手術が数日遅れたくらいで何が変わるの?
玄一の妹は学費を払えなかったら退学させられるの。それこそ一生に関わることでしょう。そんなに自分勝手にならないでよ」
俺は目を閉じ、必死に冷静さを保った。
「葵、今すぐ金を返せ」
彼女はため息をついた。まるで、聞き分けのない子供を相手にしているような口調だった。
「もう振り込んじゃったから、今さら戻せないよ。来月、アルバイトの給料が出たら返すから。もう騒がないで。今日は忙しいの。切るね」
電話が切れたあと、無機質な通話終了音だけが耳に残った。
俺はベンチに座り、大きく息を吐いた。
しばらくすると、またSNSの通知が届いた。クラス委員長が投稿した9枚の写真だった。
そこには、葵と玄一が抱き合い、幸せそうに笑っている姿が写っていた。それに、次のようなキャプションが添えられていた。
【真の愛に敵なし。愛し合う2人はついに結ばれた】
その投稿には、クラスメイトたちからたくさんの「いいね」と祝福のコメントが寄せられていた。
俺がコメント欄を眺めていると、突然、知らない番号からメッセージが届いた。
【小林さん、葵が、あなたにもらったカシオは子供っぽすぎるって言ってたんで、僕がもらって着けてます。気にしませんよね?】
その腕時計は、俺が葵の18歳の誕生日に贈ったものだった。
もちろん、もう気にしてなんかいない。
今の俺には、彼女という存在そのものが、もう必要ない。
第4話
俺は玄一の番号を着信拒否にすると、その後、街中を駆け回り、友人たちに頭を下げて金を借りた。
夜になって、ようやく60万円をかき集めることができた。
これで、祖母の手術費の目処がついた。
だが、故郷へ向かう電車に乗り込んだところで、近所の田中さんから電話がかかってきた。
「隼汰くん、早く帰ってきて!おばあちゃんが大変なの!
今日の午後、突然男の人からおばあちゃんに電話があったの。自分は葵と婚約したって。
その男が、あなたは捨てられたのに、それでもしつこく付きまとって恥をさらしてるって言って、おばあちゃんにあなたを説得して、もう恥をかかせるようなことはやめさせろって……
そのあと、写真や動画もたくさん送ってきたの。おばあちゃんはそれを見た途端、倒れてしまったわ!
今も病院で救命処置を受けてる。先生は……もう助からないかもしれないって!」
頭の中で、何かが轟音を立てて弾けた。
手からスマホが滑り落ち、床に叩きつけられた。
俺が病院に駆けつけたとき、ちょうど救命救急室の明かりが消えたところだった。
医師が、申し訳なさそうに俺を見つめた。
「おばあさまは突然、広範囲心筋梗塞を起こされました。我々も全力を尽くしましたが……」
俺は呆然とその場に立ち尽くした。白い布をかけられた祖母が、病室から運び出されていく。
幼い頃から俺を育ててくれた人、一番甘い焼き芋をいつも俺に残してくれた人、俺の頭を撫でながら、「いい子だね」と笑ってくれた人……そんな祖母が、もう二度と目を覚ますことはない。
俺は病床の前に跪いた。それでも、一滴の涙さえ流れなかった。
あまりにも大きな悲しみに、すべての感覚を奪われていた。
どれほど時間が経ったのか。葵が息を切らしながら駆けつけてきた。
病床にかけられた白い布を見ると、一瞬立ち止まり、すぐに俺のもとへ歩み寄ってきた。
そして、俺を抱きしめようと手を伸ばした。
「隼汰、ごめん。遅くなっちゃった。おばあちゃんがこんなに重い病気だったなんて知らなかった。もし知ってたら、あのお金には絶対に手をつけなかった」
俺は彼女を見なかった。
「消えろ!」
それでも葵は、背後から俺を抱きしめた。
「隼汰、今すごくつらいのは分かってる。でも、わざとやったわけじゃないの。
人は死んだら生き返らないんだよ。もう自分を苦しめないで。おばあちゃんの葬儀のことは、私も一緒にやるから」
彼女がそう言い終えた直後、玄一から電話がかかってきた。
「葵、会いたい……また心臓が苦しくなってきた。いつ帰ってくる?」
葵は少し迷い、困ったように俺を見た。
「隼汰、おばあちゃんはもうこんな状態だし、私がここにいても何もできないでしょう。
先に戻って玄一の様子を見てくるね。明日の朝一番にまた来て、葬儀の手伝いをするから。それでいい?」
俺は彼女を見つめた。
ただただ、あまりにも馬鹿げていると思った。
俺の祖母が死んだ。
なのに彼女は、祖母を死に追いやった男のもとへ行こうとしている。
俺は憎しみを押し殺すように目を閉じた。
「行け。もう二度と、俺の前に現れるな」
玄一が俺にしたこと。その借りは、いつか必ず、この手で返してやる。
だが、葵は俺がただ意地を張っているだけだと思ったらしい。
「じゃあ、ちゃんと自分を大事にしてね。何かあったら電話して」
そう言い残すと、彼女は足早に病院を去っていった。
3日後、俺は祖母の葬儀をすべて終えた。
故郷の家を売り、これまで使っていた電話番号もすべて解約した。
南崎市へ向かう電車に乗り込もうとした頃、葵が再び俺の家を訪ねてきた。
誰もいなくなった庭を見渡し、田中さんの腕を掴んで、必死に尋ねた。
「隼汰は?」
田中さんは冷たい目で彼女を見た。
「もう引っ越したわ。もう二度と帰ってこないから」