俺と息子を捨てた元妻の報い

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俺と息子を捨てた元妻の報い

GoodNovel 完結

元妻の初恋相手のための「生きた血液バンク」として血を抜かれ続けたあげく、俺・古賀雅彦(こが まさひこ)は、億万長者である元妻・林夕依(はやし ゆい)があてがってくれたボロアパートで病に倒れ、そのまま息を引き取った。 今日で、俺が死んでから3日目になる。6歳の息子・古賀陽斗(こが はると)が、ようやく異変に気づいた。 おもちゃで遊んでいて指を切っても、俺はあやさない。 クッキーの袋を開け、俺の口に押し込もうとしても、俺は止めない。 俺の腕の中に潜り込み、服をぎゅっとつかんで小さな声で「パパ」と呼んでも、返事をすることはない。 どうしていいかわからなくなった陽斗は、俺のスマホを見つけ出し、夕依に電話をかける。 「ママ、パパがずっと起きないんだ……」 だが夕依は、初恋相手の斉藤昂輝(さいとう こうき)と食卓を囲んでいる写真を送りつけてくると、冷たく言い放った。 「ただ寝てるだけよ。死んだわけじゃあるまいし。今日は大晦日よ。こっちは忙しいの。 あのろくでもない男に伝えておきなさい。自分の間違いを認める気になったら、そのときまた連絡してきなさいってね」 電話が一方的に切れ、陽斗はしばらくの間、呆然と立ち尽くしていた。 やがて、ゴミ箱に捨てられていた最後のクッキーを拾い上げる。それを半分に割ると、俺の口元へそっと差し出す。 「パパ、僕たちも、ごはん食べよう」

チャプター (1)

第1話

元妻の初恋相手のための「生きた血液バンク」として血を抜かれ続けたあげく、俺・古賀雅彦(こが まさひこ)は、億万長者である元妻・林夕依(はやし ゆい)があてがってくれたボロアパートで病に倒れ、そのまま息を引き取った。 今日で、俺が死んでから3日目になる。6歳の息子・古賀陽斗(こが はると)が、ようやく異変に気づいた。 おもちゃで遊んでいて指を切っても、俺はあやさない。 クッキーの袋を開け、俺の口に押し込もうとしても、俺は止めない。 俺の腕の中に潜り込み、服をぎゅっとつかんで小さな声で「パパ」と呼んでも、返事をすることはない。 どうしていいかわからなくなった陽斗は、俺のスマホを見つけ出し、夕依に電話をかける。 「ママ、パパがずっと起きないんだ……」 だが夕依は、初恋相手の斉藤昂輝(さいとう こうき)と食卓を囲んでいる写真を送りつけてくると、冷たく言い放った。 「ただ寝てるだけよ。死んだわけじゃあるまいし。今日は大晦日よ。こっちは忙しいの。 あのろくでもない男に伝えておきなさい。自分の間違いを認める気になったら、そのときまた連絡してきなさいってね」 電話が一方的に切れ、陽斗はしばらくの間、呆然と立ち尽くしていた。 やがて、ゴミ箱に捨てられていた最後のクッキーを拾い上げる。それを半分に割ると、俺の口元へそっと差し出す。 「パパ、僕たちも、ごはん食べよう」 第1話 ベッドの上の俺は、相変わらず何の反応も示さないが、陽斗はもうそれに慣れてしまっていた。 クッキーを大切そうに枕元へ置くと、自分の分をむさぼるように口へ放り込む。 お腹をさすって、まだ足りないらしい。 すると陽斗は、俺のために残しておいた半分のクッキーへちらりと目を向ける。それから慣れた様子で台所へ向かい、コップに水道水をなみなみと注いで一気に飲み干した。 その光景を目の当たりにして、宙に浮かぶ俺の胸がずきりと痛んだ。 これが、少し食事が遅くなっただけで「お腹すいた」と騒いでいた、あの陽斗なのか。 俺がいなくなって、まだ3日しか経っていないのに、どうしてこんなに痩せ我慢する子になってしまったんだ。 スマホの画面が突然明るくなり、待ち受けの家族写真が浮かび上がる。 暖かな日差しが差し込む部屋で、まだ寝ぼけている俺と陽斗を、夕依が両腕で抱き寄せ、3人そろってカメラに向かって笑っている。 親子3人の顔には、同じような屈託のない笑みが浮かんでいる。 あの日、俺がまだ寝ていると、夕依は陽斗を連れて、足音を忍ばせながら寝室へ入ってきた。そして、声を潜めて話しかけた。 「陽斗、パパがまた朝寝坊してるよ。一緒に起こしちゃおっか?」 陽斗はこくりとうなずき、いたずらを思いついた子猫のように笑った。 「うん!」 夕依は得意げに眉を上げると、背中に隠していた羽根ペンを取り出し、そっと俺の鼻先へ近づけた。 鼻先をくすぐられ続け、とうとう俺は我慢できずにくしゃみをした。勢いよく起き上がり、腹を立てたふりをしながら枕をつかんだ。 「夕依!」 すると彼女は助けを求めるように、陽斗を自分の前に引き寄せる。 「陽斗、パパを止めて!」 朝から大騒ぎだった。 スマホの待ち受けに映る羽根ペンを見て、陽斗は何かを思い出したらしく目を輝かせた。 「ママ、前はこうやって寝坊したパパを起こしてたんだ……」 そう言うとスマホを置き、陽斗はばたばたとベッドのそばへ駆け寄る。 「陽斗、パパの起こし方、わかったよ。前のおうちに行って、あの羽根を持ってくるね」 自信満々にそう告げると、そのまま玄関へ向かっていく。俺は思わず固まった。慌てて床に置かれた靴を拾い、履かせてやろうと手を伸ばす。 しかし、俺の手は虚しく空を切り、何も掴むことはできない。 そうだった。俺は死んでいる。 陽斗を守ってやることすら、もうできない。 家を出た陽斗の後を、俺はついていく。向かった先は、夕依の実家だ。 今日は大晦日だ。街には年越しを祝う賑やかな空気が漂っている。 家族団らんの笑い声が家々から漏れ聞こえ、その賑わいが今の俺には妙に胸を締めつけた。 ひときわ大きな屋敷の庭で、夕依が、6歳ほどの女の子と一緒に雪合戦をしている。 夕依は楽しげに笑いながら、時折、優しい声で話しかける。 「ゆっくりね。転ばないように気をつけて」 少し離れた場所に立っている昂輝が、満ち足りたように笑いながら二人を見守っている。 絵に描いたような、幸せに満ちた家族だ。 門の隙間からその光景を覗き見た陽斗は、何度か瞬きをした。そして、少しだけ寂しそうに目を伏せる。 以前は、大晦日の夜になると、夕依もよく陽斗と一緒に雪遊びをしていた。 陽斗は手の甲で涙をぬぐうと、背伸びをしてインターホンを押した。 ほどなくして、誰かが門の向こうから姿を現す。だが、それは夕依ではなく、昂輝だ。 「どうしてお前がここにいる?」 陽斗を見た瞬間、昂輝の顔から笑みが消え、代わりに強い警戒心があらわになった。 第2話 昂輝は、夕依へちらりと視線を向ける。どうやら、夕依はまだ何も気づいていない。張り詰めていた気持ちが、ほんの少しだけ緩んだ。 だが再び陽斗へ目を向けたとき、その顔に残っていたのは露骨な苛立ちだけだ。 「ろくでもない父親に、ここへ来いって言われたのか? 聞いてないのか?ここはもうお前の家じゃない。さっさと失せろ、クソガキ」 むき出しの悪意をぶつけられ、陽斗はびくりと肩を震わせた。みるみる目元が赤くなる。 「違う!パパはろくでもない人なんかじゃない!この嘘つき!ママに会わせて!」 怒りに満ちた目で昂輝を睨みつける様子は、まるで毛を逆立てて人を威嚇する子猫のようだ。 昂輝は鼻で笑う。そして誰も見ていないのを確かめると、陽斗を乱暴に突き飛ばした。 無防備だった陽斗は、そのまま額を鉄製の門へ強くぶつける。鈍い音が響いた。 「今の、何?」 夕依が胸騒ぎを覚えたように声を上げる。 昂輝は慌てて陽斗の口を押さえ、何事もなかったように答える。 「何でもない、野良猫だよ。寒いから、先に莉緒を連れて中へ入ってて」 夕依の足音が遠ざかるのを確認すると、昂輝は陽斗の腕を強くつかんだ。鋭い目を向ける。 「やっぱりお前は、父親そっくりだな。俺の邪魔ばかりしやがって」 陽斗は必死にもがき続け、額から流れた血と涙が混じり合い、頬を伝っていく。 「本当に気味悪い」 昂輝は吐き捨てるように言うと、陽斗を雪の上へ突き飛ばした。 陽斗はよろよろと立ち上がりながら、叫んだ。 「悪いのはそっちだ!ママに会いたい!ママに会わせてよ!」 昂輝はせせら笑い、オーダーメイドの革靴の先で、門の下にあるペット用の小さな出入り口を小突いた。その目には嗜虐的な色が浮かんでいる。 「ここをくぐって来られたら、ママに会わせてやるよ。どうだ?」 俺はすぐそばで昂輝を睨みつける。怒りのあまり、目から血が滲み出そうだ。 よくも……よくも俺の息子を、侮辱したな! 胸をえぐるような痛みと怒りで、理性が吹き飛びそうになる。 俺は陽斗に向かって必死に手を振り、断らせようとする。 パパはもう死んだんだ。だから、パパのために、そこまでしなくていい。 陽斗、帰れ。家に帰ってくれ。 だが陽斗は顔を上げ、その視線が俺の体をすり抜けて、遠くに見える賑やかな屋敷へと向かった。 「約束、守る?」 昂輝は一瞬きょとんとしたあと、腹を抱えて笑い出した。 「ああ、もちろんだ」 陽斗は唇を強く噛みしめ、震えながら身をかがめると、ぎこちない動きでその小さな出入り口をくぐり始める。 くぐりながら、自分自身に言い聞かせるように呟く。 「陽斗は大丈夫……泣いちゃダメだ…… パパを起こしてあげるんだ」 それでも、涙は言うことを聞かず、次々とこぼれ落ち、服の襟元を濡らしていく。 昂輝はスマホを取り出し、その姿を楽しそうに撮り始めた。その目には、興奮と優越感がありありと浮かんでいる。 「いい子だなぁ。さすがは雅彦のガキだ。まるで犬みたい。 ほら、吠えてみろよ。もっと楽しませてくれ」 昂輝が上機嫌でそんな言葉を口にしていたとき、突然背後から感情の読めない女の声が響いた。 「何をしているの?」 昂輝の顔から血の気が引いた。慌ててスマホを地面へ放り出すと、陽斗を立ち上がらせ、服についた雪や汚れを払う。 「いや、陽斗が君に会いに来たから、一緒に遊んであげてたんだ」 「そう?」 夕依は怪しむように眉をひそめたが、昂輝はすぐに話をそらす。 「外は寒いんだ。早く陽斗を中に入れてあげよう。風邪を引いたら大変だろ」 昂輝は眉をひそめ、いかにも心配そうな顔を作る。 陽斗も顔を上げる。額に残った傷を夕依に見せ、ほんの少しでも心配してくれることを期待している。 そして昔のように、自分を抱きしめて慰めてくれることを願って…… だが夕依は、陽斗の額の傷へ目を向けると、わずかに眉をひそめ、怒りを含んだ声で言う。 「雅彦は父親としてどういうつもりなの?前に陽斗を利用して私の気を引こうとしたことはまだしも、今度はこんな芝居までさせるなんて…… こんなことをすれば、私が心配するとでも思ってるの?ずいぶん甘く見られたものね」 それから再び昂輝へと視線を戻し、今度は昂輝をいたわるような声で言う。 「昂輝は優しすぎるのよ。だからあいつに何度も利用されるの」 第3話 夕依の言葉を聞き、俺も陽斗も言葉を失った。 特に陽斗は、何か言おうとして口を開くものの、涙だけがとめどなくこぼれていく。 「ママ……」 その一言に、夕依の強張っていた表情がわずかに緩む。だが、その瞳に宿った冷たさは、外の吹雪よりも身にしみた。 「それで?今度は何が目的なの? お金?それとも家でも欲しいわけ?」 陽斗の小さな手は、いつの間にか強く握りしめられていた。それでも、反論することはできない。 以前、陽斗は夕依に、昂輝にひどいことをされたと訴えたことがある。 だが昂輝が少し言い訳をしただけで、夕依は俺が昂輝に嫉妬し、陽斗に嘘をつかせたのだと信じ込んだ。 その結果、俺は地下室に1週間閉じ込められた。 陽斗もまた、その1週間、悪夢にうなされ続けた。 そのときのことを思い出したのか、陽斗はぶるりと身を震わせる。そして俯いたまま、小さな声で言う。 「パパがどうしても起きないんだ。だから、あの羽根、僕にくれないかな?」 夕依の表情が変わる。胸騒ぎを覚えたように、思わず問い返す。 「起きないってどういうこと?雅彦は400mLしか血を抜かれてないはずじゃ……」 「夕依!」 昂輝が慌ててその言葉を遮った。 夕依は振り返り、不思議そうに眉をひそめる。 「何?」 疑いの視線を向けられ、昂輝の体が一瞬こわばった。そして不自然なほど慌てて話題を変える。 「今日は大晦日だろ。陽斗が帰るのが遅くなったら、雅彦さんも心配する。 羽根くらい、渡してやればいい。 これ以上、あっちの年越しを邪魔することもないだろ」 案の定、夕依はあっさりと注意を逸らされ、表情を少し和らげた。 「昂輝は相変わらず優しいのね。わかったわ。陽斗、ついてきなさい」 一行が屋敷の中に入ると、明るい照明の下で、陽斗の額に残る傷がより一層痛々しく目立って見える。 そこへ、昂輝の娘・斉藤莉緒(さいとう りお)が近づいてきて、汚れた服の陽斗を上から下まで眺め、不思議そうに首をかしげる。 「この子、だれ?迷子なの?すっごく汚い」 無邪気な一言に、陽斗の顔が一気に赤くなる。 助けを求めるように夕依を見る。何か言ってくれるのではないかと期待した。しかし、その視線に触れた夕依の表情は、なぜかさらに冷たくなった。 陽斗を一瞥し、吐き捨てるように言う。 「雅彦にそうやってかわいそうなふりをするよう教えられたの? わざとみじめな格好をすれば、私が心配するとでも思ったの? くだらない」 夕依の言葉を聞くうちに、陽斗の顔から赤みが消えていく。痛ましいほどの蒼白さと脆さだけが残る。 ……ママはもう、自分のことなんて好きじゃないんだ。そう思ったのだろう。 陽斗が涙を拭い、再び顔を上げたとき、夕依はすでに2階へ上がっていた。 その場に残った昂輝は、得意げな笑みを浮かべ、陽斗を見下ろしている。 「かわいそうに。ママにまで見捨てられたんだな。 いっそ俺のことをパパって呼んでみるか?そうしたら、特別にここへ置いてやってもいいぞ。ペットの犬としてな」 「嫌だ!」 陽斗は小さな手をぎゅっと握りしめ、目には涙が浮かび、怒りのあまり体まで震えている。 「お前なんか、パパじゃない!僕のパパは一人だけだ!古賀雅彦っていう、僕のパパだけだ! 調子に乗るなよ!パパが起きたら、絶対に僕の仇を取ってくれるんだからな!」 歯を食いしばりながら放ったその言葉には、迷いなどなかった。 だが、その言葉に俺の胸は張り裂けそうになる。 もし陽斗が、俺はもう二度と目を覚まさないのだと知ったら、どれほど傷つくだろう? これから先、一人でどうやって生きていけばいい? 陽斗はまだ、6歳なんだ。 俺の視界は涙でぼやけていく。その一方で、昂輝は完全に逆上していた。 ちょうどその時、2階から夕依が下りてくるのを見ると、何かを思いついたように目を細める。そして、さりげなく自分のポケットをまさぐり始める。 「俺のスマホは?スマホがない!」 昂輝は焦った様子で全身をまさぐり、やがて視線を陽斗へ向ける。そして、にやりと笑った。 「陽斗……もしかして、俺のスマホを盗んだのか?」 陽斗はぎょっとして、すぐに首を振った。 「違う!盗んでない!スマホなら、さっき……」 パァンッ! 言葉の途中で、乾いた音が響く。 夕依は片手に羽根ペンを握り、もう片方の手で、ビンタで赤く腫れ上がった陽斗の顔を指さす。その目には、失望の色が浮かんでいる。 「やっぱり、ろくなつもりで戻ってきたんじゃなかったのね! 前に、父親にそそのかされて昂輝を陥れようとしたことは、百歩譲ったとしても、今度は人の物を盗むなんて!どうして、こんな子になってしまったの?」 第4話 「スマホをどこに隠したの?早く出しなさい!」 その瞬間、俺の頭の中が真っ白になった。夢中で駆け寄り、陽斗の前に立ちはだかる。 どうして俺の息子を叩く? 昂輝の言うことなら、何でも信じるのか? だが、俺の怒りは誰の目にも届かない。 陽斗は信じられないといった様子で夕依を見つめ、涙を次々とこぼしている。 「スマホなんて盗んでない!パパも悪いことなんて教えてない!悪いのはあいつだよ!わざと僕を陥れたんだ! あいつはママが思ってるようないい人じゃない。ずっと僕とパパをいじめてたのに……ママは騙されてるんだよ!」 陽斗の必死の訴えは、夕依の心を動かすどころか、かえって怒りをあおった。 夕依は手にしていた羽根ペンを放り投げ、有無を言わせず陽斗を床に押さえつける。そして服の中を探り始めた。 「言いなさい。スマホをどこに隠したの?」 一枚、また一枚と、服を脱がされていく。陽斗の自尊心も、その服と同じように夕依の足元に踏みにじられていく。 陽斗は逃げ場を失った小さな獣のように、必死に抵抗する。 「僕、盗んでない!本当に知らないよ!」 それでも夕依は手を止めず、さらに力を込める。 力任せに掴まれた陽斗の肌には、痛々しい青あざがいくつも浮かび上がっている。 苦しそうな声を上げる陽斗を見て、俺は気が狂いそうになる。 何度も手を伸ばし、夕依を陽斗から引き離そうとする。 だが、できない。今の俺は、何もできない無力な魂でしかない。 昂輝は少し離れた場所から、その様子を余裕の表情で眺めている。その目に浮かぶ嘲りが、はっきりと見える。 最後の一枚まで脱がされると、陽斗はついに抵抗をやめた。夕依を見つめるその瞳には、はっきりとした憎しみが宿っている。 いくら探してもスマホが見つからず、夕依は一瞬呆気に取られた。 だが次の瞬間、陽斗が自分を睨みつけていることに気づいた。その瞳に宿る強い反発を見て、夕依の怒りが再び爆発する。 立ち上がると、陽斗の腕をつかみ、そのまま外へ引きずっていく。そして雪の積もる庭へ突き飛ばした。 「言うことを聞かないなら、そこで頭を冷やしなさい」 立ち上がろうとした陽斗に、夕依は冷たく言い放つ。 「私がもういいと言うまで、そこでひざまずいて反省していなさい。そうしたら、あの羽根ペンをあげるわ」 骨の髄まで凍りつくような冷たさが、一瞬にして俺の全身を貫いた。 陽斗が俺のために言うことを聞くのは分かっている。だが、そこまで従順でいてほしくなんかない。 案の定、陽斗は動かなかった。その小さな体で、大晦日の夜、凍てつく雪の中にひざまずき続ける。 容赦なく吹き付ける吹雪が、少しずつ体を白く覆い隠していくのを、陽斗は、ただじっと耐え続ける。 一方、暖かな室内では、昂輝が莉緒を抱きかかえながら、白々しく言う。 「夕依、陽斗はまだ小さいんだ。あんなことをさせて、かわいそうじゃないか」 夕依は窓の外をじっと見つめたまま、苛立ち交じりに吐き捨てる。 「なにがかわいそうよ?悪いことをした罰よ。 これくらいのことで音を上げていたら、これから先、林家の跡取りなんて務まらないわ」 その言葉に、昂輝の笑みが一瞬だけ固まった。目に潜む嫉妬と憎悪が溢れ出しそうになる。 ここまでしても、夕依がまだ陽斗を跡取りにするつもりでいることは、昂輝にとっては想定外だ。 だが、すぐに床に散らばった陽斗の服へ目を向ける。雪の中にいる陽斗の姿を思い浮かべると、再び落ち着きを取り戻した。 夕依が陽斗を気にかけていようが関係ない。どうせ、自分に勝てるはずもない。 そう考えると、昂輝はすぐに笑みを取り戻し、巧みに夕依の注意をそらしていく。 窓の内側には、暖かな光と家族の笑い声がある。 そのすぐ向こうでは、冷たい雪が降り続いている。 陽斗は、とうとう限界を迎えた。小さな体が雪の上に倒れ込む。 意識が遠のく中でも、かすかな声で自分に言い聞かせていた。 「もう少し、我慢すれば……ママが怒らなくなったら、パパを起こせる……」 2時間後、書斎で仕事をしていた夕依は、ようやく陽斗のことを思い出した。執事の柴田峰夫(しばた みねお)を呼び、何気ない口調で尋ねる。 「どれくらい経った?陽斗はもう反省した?」 峰夫は重苦しい表情を浮かべ、言葉を紡ぐ。 「もう二時間になります。坊ちゃまは雪の中で倒れ、意識を失っています……」 「意識を失った?」 夕依の顔色が変わる。手にしていたペンが、床へ落ちた。 そのとき、タイミングを合わせたかのように机の上のスマホが震え始めた。 「もしもし。林夕依さんでしょうか。こちらは警察です。通報を受け、林さん名義のアパートを確認したところ、遺体が発見されました」

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