第1話
「一緒にZ大学に進学しよう」と約束していたのに、入学式の日、彼氏・桐島航(きりしま わたる)も親友・椎名寧々(しいな ねね)も姿を現さなかった。
待ち合わせの正門前、私・深見佳乃(ふかみ よしの)は一人立ち尽くし、不安で何度もスマホを確認していた。
その時、寧々からビデオ通話がかかってきて、彼女は目を赤く腫らしていた。
「ずっと黙っててごめんね!実は志願を出す時、急にS大に行きたくなっちゃって!S大の近くにできた、ラウンジ付きの超お洒落なシェアハウスの写真を見たら、どうしてもそこに住みたくなっちゃって」
航が彼女と肩を並べて座り、平然と言った。
「S大のWeb出願の締め切り直前だったから、俺たちの志望校を変える手続きだけで手一杯だったんだ。佳乃に言い忘れてた」
彼はそう話しながら牛肉を一切れ取り、寧々の口へ運んだ。
「泣くことないだろ。もう会えないわけじゃないんだから。
S市からZ市まではそんなに遠くないし、新幹線で3時間だし、毎月会えるよ」
寧々はきょとんとした後、牛肉を頬張ってモゴモゴと言った。
「佳乃ちゃん、航くんのこんな傲慢な性格によく今まで耐えられたよね。
今度から私が代わりにこらしめてあげる!」
航はフッと笑い、彼女の頬を軽くつねった。
「お前が?どっちがどっちをしつけるか分かったもんじゃないな」
私はその場に凍りついた。暖かい春の日なのに、私だけが氷点下にいるように寒かった。
航は極度の潔癖症だ。彼の物に触る前には手を洗わせるし、普段は誰かと料理をシェアしたり、飲み物を回し飲みするのを極端に嫌がる。
それなのに、寧々には自分の直箸で平気で食べさせ、素手で彼女の頬までつねっている。
彼の潔癖症も、相手によって変わるということだ。
突然、すべてがひどくバカバカしく思えてきた。
そんなに私のことが邪魔なら、こっちから願い下げだ。
第1話
画面越しの二人は楽しそうにじゃれ合っており、私との約束をすっぽかしたことに対する悪びれた様子は微塵もなかった。
彼らにとって、私には「事後報告」さえすればそれで済むのだ。
あとのことは、私が勝手に納得すればいいと思っているのだ。
私はスマホを強く握りしめ、しばらくして無理やり笑顔を作った。
「航、何か説明することはないの?」
航は眉をひそめ、不機嫌そうな声を漏らした。
「いい加減にしてくれ。この後も授業あるから、もう切るぞ」
返事をする間もなく、電話が切られた。
これが彼のいつものやり方。シンプルで、効率的で、身勝手だ。
私はスマホを握る手にぐっと力を込め、そしてふっと力を抜いた。深く息を吸い込み、背を向けて大学の門をくぐる。
……
入学式が終わる頃には、すっかり日が暮れていた。新入生たちが連れ立って歩き、「大学の近くで何を食べようか」と楽しげに相談している。
お腹が情けなくグーと鳴った。昨日から夜行バスで一晩中揺られ、今日は朝食も食べる余裕がないまま式に参加したせいで、一歩歩くごとに足が鉛のように重かった。
女子寮の部屋に着くと、同室のルームメイトが私を待っていた。
「こんにちは、深見さんだよね?初めまして!一緒にご飯に行こうと思って待ってたんだけど、もうお腹ペコペコだよ」
ベッドメイキングを済ませ、食事に向かう途中、ズボンのポケットに入れたスマホがずっと震えていた。
画面を見ると、3人グループラインの通知が「99+」になっている。
寧々:【@桐島航、この白猫、あなたにそっくり!この生意気そうな目つきがね】
航:【@椎名寧々、もたもたしてないで早く来い。お前の大好きな牛すじの味噌煮込み、売り切れるぞ】
私は画面をじっと見つめた。目頭がじんわりと熱くなる。
牛すじの味噌煮込みは故郷の家庭料理だけど、子供の頃から食べ飽きるほど食べていて、もう見たくもないくらいだった。
何度も伝えたはずなのに、航は覚えていない。
ただ寧々が好きだからという理由で、食事のたび、テーブルいっぱいに並ぶのは彼女の好きなメニューばかり。私の好きな料理は一皿もなかった。
「一口くらい食えよ。お前が食べないと空気悪くなるだろ」
以前の食事でそう言われ、私は無理をして口に入れたが、強烈な吐き気がこみ上げ、食べたばかりのご飯まで吐き出してしまったのだ。
航はガタンと箸を置き、眉をひそめた。
「佳乃、お前ってどんだけ汚いんだよ。
お前が食べないなら他の人が食べるんだからさ。基本的なマナーも親から教わらなかったのか?」
寧々が彼の胸を軽く叩いた。「何怒ってるの!そんな怖い顔しないでよ、佳乃ちゃんだってわざとじゃないんだからよ」
私はお皿と箸をガチャリと置き、怒りで唇を震わせた。
「全部あなたが決めつけてるじゃない!テーブルを見てよ、私の好きな料理が一皿でもある?」
航は一瞬ぽかんとしたが、すぐにどうでもよさそうに言った。
「お前が言わないから、分かるわけないだろ」
付き合って3年、私の好みは自分から言わなければ気付いてもらえない。
一方で寧々のことは、お気に入りのリップの品番でさえ、航は完璧に把握していた。
私はラインの画面をさらに上にスクロールした。99件以上のメッセージの中に、私宛てのものは一つもなかった。
グループに入ってからというもの、私がシェアしたグルメ情報や面白いネタは、十中八九スルーされた。
あるいは、【頭の中どうなってんの?くだらないものばっか見て】という冷たい言葉が返ってくるだけだった。
私は皮肉な笑みを浮かべた。
3人グループとは名ばかりで、私だけがずっと「透明人間」だったのだ。
食事を終えて寮に戻ると、下腹部に痛みが走った。
30時間も休まず移動し続けたせいで、私は力なく机に突っ伏し、両手で下腹部をぎゅっと押さえた。
突然、スマホが鳴った。航からのビデオ通話だった。
「顔色悪いな。今日、生理だろ?
温かい飲み物を注文しといた。寮の入り口に届くから、ルームメイトに取ってきてもらえよ。
ついでに彼女の分のタピオカミルクティーも頼んどいたから」
私はふっと心が緩み、目頭が熱くなった。一日中我慢していた悔しさが溢れ出しそうになった。
でも言い返す間もなく、次の瞬間に投げかけられた航の言葉で、私の頭の中は真っ白になった。
「飲み終わったら、謝ってやってくれよ」
私は呆然として固まった。「どういう意味?」
彼はまるで当たり前のことでも言うかのように、落ち着いた口調で続けた。
「お前がずっと黙ってるから、寧々ちゃんはお前に怒られたって勘違いして、ご飯もあまり食べられなかったんだよ」
頭の中の糸がプツリと音を立てて切れた。
生理痛の辛さも重なり、私はほとんど叫ぶような声を出していた。
「私、何か悪いことした?なんで彼女に謝らなきゃいけないのよ!
航!私があなたの恋人でしょ!なんでいつも彼女の味方ばっかりするの?」
航は冷ややかな声を落とした。
「それが、お前がワガママを言っていい理由にはならない」
私は唇を噛み締め、慌てて画面から顔を背けると、止めどなく溢れる涙が頬を伝って落ちた。
とてもしょっぱくて、苦かった。
彼は一瞬たじろぎ、少しだけ口調を和らげた。
「お前のことを思って言ってるんだよ。寧々ちゃんは数少ない友達なんだから、大切にしろよ」
私はカメラをオフにし、声を震わせながら言った。
「航、もう別れよう」
第2話
航はクスっと笑い、冷ややかな口調で言った。
「佳乃、その手は乗らない。
間違ったなら素直に認めろ。社会に出たら誰も甘やかしてくれないぞ。
あとで寧々ちゃんにビデオ通話で謝れ、さっきのことはなかったことにするから」
一方的に通話が切られ、言い返そうとした言葉が喉の奥に詰まった。
悔しくて手が震えた。今までなら、喧嘩のたびに最後は必ず私が泣いてすがり、仲直りしていた。例外は一度もない。
航、今度こそ、私はもう振り返らない。
寧々が突然私をメンションした。
【@深見佳乃、航くんはホント大人気!サークルの『1年代表』に選ばれた途端、女の子たちに囲まれて連絡先聞かれてたよ。
でも安心して!航くんとはずっと一緒だし、私が24時間見張っててあげるから!
もし浮気なんかしたら、私がぶっ飛ばしてあげる!】
航からの返信は早く、また話題を寧々に戻した。
【後ろの席の男たちだって、お前に気があるんじゃないのか?】
互いのモテ自慢で会話は続き、あっという間に画面が埋め尽くされていく。
私は一瞬で話す気が失せた。
高校の頃から、航と寧々は学校の有名人で、見た目も華やか。どこへ行っても注目の的で、ざわめきが絶えなかった。
私はといえば、ただの地味で平凡な生徒。死に物狂いの努力と勉強だけを武器に、田舎町から少しずつ這い上がってきた人間だ。
航は生まれつきプライドが高く、IQも桁違い。何をやらせても努力なしでトップを取る。
国立物理総合研究所の教授でさえ、彼をこれまで見た中で最も才能のある生徒だと評価していた。
もともと私と彼のような人間が関わり合うはずもなかった。
ただ、ある数学のテストで、私は全力を出し、初めて満点を取った。
一方の航は99点。失ったその1点は、解答の字が汚いという理由で引かれた減点だった。
何をやっても完璧だった天才が、生まれて初めて敗北を味わった。
ある日の午後、彼はガジュマルの木の下に立ち、初めて私を引き止めた。
「深見、だっけ?次のテスト、俺と勝負しないか?」
秋風が吹き抜け、舞い散る落ち葉の中で、私たちの関係は始まった。
表向きはライバル同士だったが、誰も知らないことだが、みんなの注目の的である学年トップのイケメンと、全く目立たないガリ勉が、付き合っていたのだ。
物思いからハッと我に返り、二人のやり取りを見るのをやめてチャット画面を閉じた。
明日は学生会の新メンバー募集がある。選考を受けてみようと思う。
彼らが私を置いていくのなら、私も自分の道を歩むべきだ。
面接対策をしっかり済ませて、ベッドに入ろうとした時、寧々からメッセージが届いた。
【佳乃ちゃん、航くんから生理来たって聞いたよ。また偏頭痛きてない?
無理しないで、痛み止め飲むんだよ、カバンの中に入れてあるから】
バッグのチャックを開けると、手のひらサイズの透明なピルケースが入っていた。
仕切りごとにインデックスシールが貼られ、薬の名前と効能が几帳面に書かれている。
これは寧々が手作りしたものだ。
ピルケースをもらったあの日のことを思い出した。
「じゃーん!何を用意したと思う?佳乃ちゃん専用のお薬箱よ」
寧々は熱のある私の額に手を当て、たしなめるように言った。
「もう、私がそばにいなくなったら、ちゃんと自分の面倒見るんだよ!」
高校時代、私は地元を離れて都会で一人暮らしをしながら学校に通っていた。孤独な日々の中で、寧々は数少ない心の拠り所だった。
……
私はピルケースをじっと見つめ、目頭が熱くなった。
結局、私は薬を口にすることなく、航が差し入れてくれた飲み物ごと、デスクの隅へと冷たく押し遣った。
ただ1粒の薬を断つだけだ、大したことじゃない。
第3話
翌日の午前、学生会の面接があり、その場で合格が決まった。
寮に戻る途中、突然宅配業者から電話がかかってきた。身に覚えのない荷物だった。
箱を開けると、綺麗に包装されたプレゼントの箱が入っており、中には2本のリップが入っていた。私の好きな色だった。
航からビデオ通話がかかってきた。私は少し躊躇したが、結局出ることにした。
「お前にやるよ」
胸がドキリとした。もしかして反省して、謝るつもりなのだろうか。
それとも数日後の私の誕生日を思い出して、前もって用意してくれたプレゼントだろうか?
その瞬間、私はまた期待してしまった。
私は機嫌を取るような言葉を言おうとしたが、航は眉間を揉み、うんざりしたように言った。
「もういいだろ。
小さい方がお前のだ。
寧々ちゃんがサークルの企画係に受かったから、もう片方は、直接会って祝いの品として渡してくれ」
私は呆れて鼻で笑ってしまった。
航と付き合って3年、記念日だろうがイベントだろうが、彼からプレゼントなんて一度ももらったことがない。
私も時々、他の女の子たちが恋人からネックレスやペアのブレスレットをもらっているのを見て、羨ましく思った。
当時はお互い生徒で、品物自体は大したものではなかったが、その気持ちが嬉しかったのだ。
泣いて抗議したこともあった。けれど航は、ただ見下すように言うだけだった。
「俺は女のご機嫌取りはしない主義だ」
それなのに、彼は寧々の好みを完璧に把握し、こっそりサプライズを用意していた。
3人で出かけた時も、私の彼氏という立場を利用して、当たり前のように寧々の分まで奢っていた。
一番笑えるのは、本物の彼女である私が初めてもらったプレゼントが、寧々の余り物のオマケだったことだ。
私は冷ややかに笑い、皮肉を込めて言った。
「これって施しのつもり?
彼女の余り物のオマケを、ついでに私に押し付けるわけ?私、そんなに安くないんだけど!」
航は眉をひそめ、説教するような口調で言った。
「佳乃、お前またそんなにつまらないことで嫉妬してるのか?
寧々ちゃんはお前のこと本気で友達だと思ってるんだぞ。企画係に決まったんだから、友達として筋を通してお祝いを用意するのが当たり前だろ。
人としての常識を教えてやってるんだ。変な意地を張るなよ」
私は冷ややかに言い放った。
「あなたが毎日私の友達とベタベタしていい加減な真似をしてるのは、どういう常識のつもり?
あ、間違えた。今は元彼だったわね!」
航の顔が完全に青ざめたところで、私はすかさず電話を切り、彼をブロックした。
大学が始まって1週間。私は学生会の広報部に入り、会の公式SNSの運用を任された。
毎日の授業が終わると、文章の書き方、画像編集、動画編集のやり方を学び、忙しくも充実した日々を送っていた。
航は私が彼をブロックしたことに気づいていないようで、相変わらずグループチャットで寧々と楽しそうにやり取りしていた。
まあどうでもいい。距離感のバグった彼氏も親友も、関係を断ち切ればいいだけの話だ。
土曜日の昼、航と寧々が私の大学の正門前まで来ていると、グループチャットで知らされた。
もう会いたくなかったが、ちょうどいい機会だから面と向かってはっきりさせようと思った。
私が駆けつけた時、航は少し体をかがめて寧々の髪を直してやるところで、二人は今にもキスしそうなほど顔を近づけていた。
私の口元に冷笑が浮かんだ。
画面越しだけじゃ足りなくて、わざわざZ市まで飛んできて、私の目の前でラブラブアピールをするわけ?
寧々が一番先に異変に気づき、航をパッと押しのけて私に声をかけた。
「佳乃ちゃん!私、鏡持ってなくて、ちょっとあなたの彼氏を借りちゃった!
私たち3人ですっかり仲良しなんだから、怒ったりしないよね?」
私は笑みを作り、「別に。二人で好きなだけどうぞ」と言った。
航が突然顔を上げて私をじっと見つめ、視線を下に落として、最後に何も持っていない私の両手で止まった。
「プレゼントは?」
私は冷淡に言った。「捨てたわ」
第4話
航は驚いたように目を見張り、それから細めた。
「どういうつもりだ?」
私はふっと笑い、ためらうことなく彼を見つめ返した。
「あなたがくれたからって、素直にもらうとでも?」
彼は何か言おうとしたが、言葉に詰まった。
私は相手にせず、話を続けた。「で、あなたたちは何をしにきたの?」
寧々は気まずそうに笑いながら、私の腕にしがみついた。
「こっちの観光地を巡ろうと思って!佳乃ちゃんはこの辺詳しいし、今回は案内役をお願いできないかなって!」
私はさりげなく身をかわし、冷たい口調で言った。
「忙しいから無理。もう二度と、私の前に現れないで」
そう言い放つと、振り返ることもなくその場を立ち去った。
私の背中を見つめながら、航は思わず手を伸ばした。胸の奥がずっしりと重くなり、何か大切なものが遠ざかっていくような気がした。
その日の夜、ネット上で一本のショート動画が爆発的な人気を集めた。通りすがりの人が何気なく撮ったものだった。
「ちょっと見て!二人ともビジュアル良すぎ!
めっちゃお似合いだし、一般人の無加工カメラでこれとか美の暴力すぎない?尊すぎて無理!」
ルームメイトが見せてくれた画面の中、きらめく湖のほとりで、水色のワンピースを着た寧々はどこか儚げに見えた。
隣に立つ航は、彼女を本当に愛おしそうに見つめていて、その眼差しには優しさが溢れかえっていた。
二人はまるで本当にお似合いのカップルのようだった。誰もが疑う余地のない、絵に描いたような光景だった。
私は淡々と言った。「そうね、本当にお似合いだわ」
昔、3人でいる時はこういう声をよくかけられた。そのたびに私は自分には釣り合わないとひそかに思い悩んでいた。
なのに再び直面した今、私は思いのほか冷静だった。
すぐに二人の大学や身元が特定され、SNSのトレンドには、#S大の美男美女カップルが尊すぎる、というハッシュタグが急浮上した。
二人はその流れに乗って、カップルとしてライブ配信を始めた。
寧々はカメラに向かって甘く微笑み、航の腕に絡みついた。
「高校の頃から付き合ってて、同じ大学に行こうって約束してたんです」
航は何も言わず、ただうつむいて寧々の頬にキスをした。
ライブ配信の視聴数はみるみるうちに跳ね上がり、コメント欄は【尊い】という言葉で埋め尽くされた。
私は眉をひそめ、ライブ配信を閉じた。
グループチャットにメッセージが届いた。
航:【@深見佳乃、あれは仕事だから。埋め合わせはするから、今度二人きりでデートしよう】
寧々:【@深見佳乃、怒らないで、ただのキャラ付けだし、配信って結構稼げるんだよ。稼いだら佳乃ちゃんに何でも奢ってあげるからね!】
私は思わず呆れて笑ってしまった。誰がそんなもの欲しがるものか?
私は何も言わず、そっとグループから抜けた。
だが、翌日になると、私の名前がSNSのトレンドに上がり、「不倫女」という言葉と結びつけられるなんて、夢にも思っていなかった。
【深見とは同じ高校だったんだけど、寧々さんがいない隙に航さんの手を握ろうとして、思いっきり冷たくあしらわれてたのを見たことがある】
【おとなしそうな顔して親友の彼氏を奪うとか、マジで恥知らず!】
私の顔写真が無断で遺影のように加工され、コメント欄を黒々と埋め尽くしていった。
それだけにとどまらず、不気味な荷物が次々と届き始めた。中身はカミソリの刃や、グチャグチャに切り刻まれた私の写真、さらには死んだネズミまで。
1秒ごとに、学校周辺での待ち伏せや、身の安全を脅かすメッセージがスマホに届いた。
世界中の悪意が、津波のように押し寄せてきた。
すぐに警察に通報したが、それでもどこまでも押し寄せる罵声と嫌がらせは止まらなかった。
私はスマホを手に取り、SNSに事実を説明する文章を打ち込んだ。
手の震えが止まらず、文章が支離滅裂になり、何度も書き直してようやく投稿できた。
しかし返ってきたのは、さらに激しいネットリンチだった。
彼らは私を身の程知らずだと罵り、泥棒猫めと叩いた。
ルームメイトがテイクアウトのお弁当を買って帰ってくるなり、両手を腰に当て、怒りを爆発させて私のためにまくし立てた。
「本当にとんでもないクズ男と悪女ね!あんなに推してたのに、中身は真っ黒じゃない!
彼女がこんなに叩かれてるのに、一言も庇わないなんて!」
そこへ、机の上のスマホが震え、航からビデオ通話の着信が入った。画面をタップして繋ぐと、航の声には、微塵の温もりも感じられなかった。
「その投稿、消せ。
寧々ちゃんにとって、インフルエンサーとして売れるのは大きなチャンスなんだ。彼女の将来はこれからなんだよ、こんなくだらないことで潰されてたまるか」
私は涙を拭い、激しく震える声で問いかけた。
「航、じゃあ私の人生は、潰されていいってわけ?」
私が涙を流しているのを見て、航の目にわずかに切なさが宿り、声が少し和らいだ。
「いい子だ、この時期を乗り越えれば大丈夫だから。
1年もすれば、ネットの連中も新しい『暇つぶし』を見つけて、こんな騒ぎ誰も覚えてないよ」
私は目を真っ赤に血走らせ、ほとんど叫ぶような声で言った。
「あなたにとって、私が受けてる仕打ちは、ただの『暇つぶし』なの?
もう二度と私に連絡しないで!」
電話を切った次の瞬間、航はSNSに投稿した。
【親しくありません。彼女が一方的に付きまとってきただけです】
炎上はさらに激化し、私は完全に社会の「さらし者」にされた。
廊下を通りすがりの陰口が耳に飛び込んできた。
「あの泥棒猫、この部屋にいるらしいよ。学生会にも入ってるらしいよ」
私はベッドの端にうずくまり、耳を塞いで必死に首を横に振った。
母から電話がかかってきた。その声は心配で震えていた。
「何か嫌なことでもあったのか?
母さんに話してごらん、ネットのあんなこと……母さんは信じないから」
私は必死に口を塞ぎ、声を殺して泣きながら、大丈夫だから、私が何とかするからと母に何度も言い聞かせた。
母は心臓病を抱えているし、近所の人たちはすぐに噂話をして騒ぎ立てるから、きっと母にも相当なストレスがかかっているはずだ。
私はチャットのスクリーンショットを1枚ずつ暴露したが、ネットの連中は合成だと頑として譲らなかった。
激しい吐き気がこみ上げ、私は生まれて初めて、この世界を心底憎んだ。
スマホが突然震え、一件のメッセージ通知が届いた。連絡先に未登録のアカウントからだ。
【黒幕が誰だか知りたくない?】