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嫌われた娘は、もう家には帰らない
両親が離婚したとき、私・野上真季(のがみ まき)は父と、妹は母と1年ずつ交代で暮らすことになった。 けれど毎年、4月の新学期を前にした引き渡しの時期になると、2人は決まって妹のことで言い争った。 「有希(ゆき)ちゃん、ゴールデンウイークはお母さんと旅行に行かない?」 父が眉をひそめる。 「今年は有希ちゃんを俺が引き取る番だ。口を挟むな」 母は冷ややかに笑った。 「去年、出張であの子をあなたに預けたのは、全部で17日よ。私はその分を取り戻すの」 「きっちり17日じゃない。16日と8時間だ」 妹は困ったようにため息をついた。 「はぁ……自分を二つに分けられたらいいのになぁ」 2人はさんざん言い争った末、結局はお互いに一歩ずつ譲ることになった。 ゴールデンウイークには、2人そろって妹を連れて浜島へ旅行に行くことになった。 妹は不思議そうに尋ねた。「じゃあ、お姉ちゃんは?」 父は顔を背けた。 「どうせ今年、お姉ちゃんを引き取るのは俺じゃない」 家に入ってから一度も私の顔をまともに見ようとしなかった母が、ようやく私に目を向けた。 「今年は仕事が忙しくて、あなたの面倒を見る余裕がないの。おばあちゃんとおじいちゃんのところで暮らしなさい」
チャプター (1)
第1話
両親が離婚したとき、私・野上真季(のがみ まき)は父と、妹は母と1年ずつ交代で暮らすことになった。
けれど毎年、4月の新学期を前にした引き渡しの時期になると、2人は決まって妹のことで言い争った。
「有希(ゆき)ちゃん、ゴールデンウイークはお母さんと旅行に行かない?」
父が眉をひそめる。
「今年は有希ちゃんを俺が引き取る番だ。口を挟むな」
母は冷ややかに笑った。
「去年、出張であの子をあなたに預けたのは、全部で17日よ。私はその分を取り戻すの」
「きっちり17日じゃない。16日と8時間だ」
妹は困ったようにため息をついた。
「はぁ……自分を二つに分けられたらいいのになぁ」
2人はさんざん言い争った末、結局はお互いに一歩ずつ譲ることになった。
ゴールデンウイークには、2人そろって妹を連れて浜島へ旅行に行くことになった。
妹は不思議そうに尋ねた。「じゃあ、お姉ちゃんは?」
父は顔を背けた。
「どうせ今年、お姉ちゃんを引き取るのは俺じゃない」
家に入ってから一度も私の顔をまともに見ようとしなかった母が、ようやく私に目を向けた。
「今年は仕事が忙しくて、あなたの面倒を見る余裕がないの。おばあちゃんとおじいちゃんのところで暮らしなさい」
第1話
テーブルの下で、私は指先で手のひらを血がにじむほど強く掻きむしった。
ついさっきまで、妹と過ごす17日間を取り戻そうとであれほど父と争っていたくせに。
その舌の根も乾かぬうちに、もっともらしい理由をつけて私を置き去りにする。
そのとき、担任の先生からメッセージが届いた。
【模擬試験の結果はどちらも良かったですよ。南森市立大学なら近いですし、進学先として重点的に考えてもいいと思います】
私は返信した。
【先生、私は月川市のほうにします】
1000キロも離れていれば、見捨てられ続けたこれまでの人生を、遠くへ置き去りにできるだろうか。
……
先生から続けてメッセージが来た。
【ご両親とはもう相談しましたか?】
私は目を伏せたまま文字を打った。
【していません。でも、私はもう18歳です。自分の選択には自分で責任を取れます】
私がうつむいたままスマホをいじって何も話さないのを見て、妹が首をかしげた。
「お姉ちゃん、そんなにおばあちゃんとおじいちゃんのところに行きたくないの?」
そう。私は本当は行きたくない。
朝はまだ暗いうちから家族全員の朝食を作らされ、夜は補習から帰ってきたあと、2人のいとこの服まで洗わされる。
あの生活には、もう二度と戻りたくなかった。
母が眉をひそめた。
「真季ちゃん、大人の事情を少しは分かってくれない?
今年は人事異動があって、私にとって昇進のかかった大事な時期なの。あなたを連れて行って、もし面倒を見きれなかったら、また不機嫌になって私に当たり散らすでしょう」
父も同意するように口を挟んだ。
「そうだぞ。真季ちゃんは気が強いからな。去年だって、俺があの子の保護者会に行かなかっただけで、1週間も俺にそっけない態度を取ったんだ。
知らない人なら、俺たちが父娘だなんて思わないだろう」
母は失望したように、首を横に振った。
「妹は高校1年生になったばかりでしょう。お父さんが妹の学校生活への適応具合を把握するために、妹の保護者会に行ったのよ。どうしてそんなことも分からないの?」
私は爪で傷だらけになったスマホケースから手を離し、顔を上げて2人を見た。
「高校1年がそんなに大事なの?だったら、私が高校1年生だったときの保護者会には、どうして誰も来なかったの?」
母の目が一瞬泳いだ。けれどすぐに、また強気な口調に戻った。
「あのときは妹が中学3年生だったでしょう。私たちが妹の保護者会を優先するのは当然じゃない」
父も頷いた。
「お前は本当に……一言注意しただけで、昔のことまで持ち出すんだな。中学3年生と高校1年生なら、当然中学3年生のほうが大事だろう」
もう何も食べる気がしなくなり、私は箸を乱暴に置いた。
「妹の中学3年生の保護者会と、私の保護者会は、そもそも同じ日に開かれてない。
無理に理由を探さなくていいよ。2人とも、ただ私のことを気にかけてなかった。それだけでしょ」
母は気まずそうに、しばらく何も言わなかった。
父は慌てて責任を逃れるように言った。「その年は俺がお前を引き取ってたわけじゃない。俺が行かなかったことまで俺のせいにするなよ」
妹が箸で茶碗を軽く叩いた。
「もういいよ、お姉ちゃん。
私たち家族が、夏休み以外でちゃんと一緒にご飯を食べられるのなんて、学校が始まるときくらいじゃん。なんでわざわざそんな昔のことを持ち出すの?
もしかしたらお母さん、仕事が忙しくて一時的に忘れちゃっただけかもしれないし。
たかが保護者会1回でしょ。そんなに根に持たなくてもいいじゃん」
たかが保護者会?
違う。
10年間、10回の保護者会だ。
両親がまだ離婚していなかった頃から、私の保護者会の席には、時折誰も座っていなかった。
去年、奨学金の申請書を担当していた学級委員が、以前こっそり私に尋ねてきた。
「野上さん、ちょっと失礼かもしれないけど、確認しておきたくて。
家のことで何か困ってることある?奨学金、申請したほうがいい?」
私は意味が分からなかった。
彼女は少し気まずそうに声を落とした。「中学の同級生から聞いたんだけど、野上さんの家にはあまり家族がいないんじゃないかって。だから、奨学金が必要なのかなと思って聞いてみたの」
家にあまり家族がいない。その言葉が意味するのは、つまり孤児だ。
血が頭のてっぺんまで一気に上った。
侮辱されたことへの怒りなんて、湧いてこなかった。胸に広がったのは、ただただ悲しさだった。
あれほど長い間。
保護者会でも、新入生の入学式でも、私の両親を見たことのある同級生は誰一人いなかった。
だから、噂好きな人たちが勝手な想像をするようになったのだ。
学級委員は普段から面倒見がよく、悪気がないことは分かっていた。
私は無理やり笑顔を作って答えた。「私、孤児じゃないから。奨学金は必要ないよ。気にかけてくれてありがとう」
だから去年、私は父に何度も念を押した。保護者会には絶対に来てほしい、と。
父は口では約束してくれた。
けれど学校に着くと、父は途中で方向を変え、高校1年生の校舎へ向かった。
私は窓辺に立っていた。遠くに父の姿を見つけた瞬間は、嬉しかった。
けれど、父の歩いていく先を目で追ううちに、その喜びは少しずつ失望へと変わっていった。
両親が離婚後の家族関係を波立たせないために、私は10年間、2人が私の保護者会に来ないことを我慢してきた。
その果てに私に貼られたのは、「気が強い」「些細なことをいつまでも根に持つ」というレッテルだった。
もっと早く、我慢なんてやめればよかった。
涙がスマホの画面に落ち、「月川大学」という文字を滲ませた。
私は込み上げてくる嗚咽を飲み込み、笑った。
大丈夫。もう、我慢しなくていい。
第2話
誰も、私の感情の変化には気づかなかった。赤くなった目元を気にかける人もいなかった。
妹にあんなことを言われたあと、みんなは当然のように、この話はもう終わったものだと思っていた。
私も空気を読んで、もう何も言うべきではないのだと思っていた。
そして、それぞれ何事もなかったかのように食事を続けた。
妹の茶碗には、おかずが山のように盛られていた。
両親は、妹のことになると、いつだってどちらが上か競い合う。
「有希ちゃん、お母さんが焼いたお肉を食べて。お父さんが焼いたのは焼きすぎよ」
「有希ちゃん、お母さんの言うことなんか聞くな。あんな半生の肉を食ったら腹を壊すぞ」
有希ちゃん。
有希ちゃん……
何度も、何度も。
2人が口いっぱいに料理を頬張ったまま話しているときなんて、私はふと聞き間違えてしまうこともあった。
「真季ちゃん」と呼ばれたのかと思って、顔を上げる。
けれど、そこには私に向けられた視線なんて、一つもなかった。
妹はもともと凛香(りんか)といい、生まれたときに父がつけた名前だった。
両親が離婚した年、母は身ひとつで出ていくことを選んでも、妹の名前を自分がつけた名前に変えさせた。
母は父と役所の前で大喧嘩をした。
幼かった私は、必死に2人の間に入った。
「お母さん……私の名前を変えていいよ。もう喧嘩しないで」
母は苛立たしげに私を引き離した。
「あんたに変わる必要なんてない」
私は呆然と彼女に振り払われ、地面にぺたりと座り込んだ。
結局、妹が怖くて泣き出してしまったことで、2人はようやく一歩ずつ譲り合った。
妹は姓を変えず、名だけ母が変えた――野上有希を名乗ることになった。
両親の愛情が詰まった名前だった。
食事を終えると、母は妹の腕を取りながら私に言った。
「有希ちゃんは寮を移ることになったの。お父さんじゃ荷物の整理も雑でしょうから、私が手伝いに行くわ。あなたは明日、1人でバスに乗って新学期の手続きに行きなさい」
私は母を呼び止めた。「お母さん、今年の学費、まだもらってないんだけど」
母は振り返りもせずに答えた。「有希ちゃんの学費はもう払ったわ。あなたの分はお父さんに払ってもらいなさい」
父は母の背中を睨みつけながら、憤慨したように言った。「学費まで俺と張り合うのかよ!本来なら俺が有希ちゃんの学費を払うはずだったのに」
ぶつぶつ文句を言いながら私に学費を振り込むと、父は疑うような目で私を見た。
「お前みたいにぼんやりしてて、融通の利かない性格じゃ、成績だって大したことないんだろ?
大学に受かるのか?俺と母親が苦労して稼いだ金を無駄にするなよ」
私は無表情のまま、頷いた。
学年トップ3に入る私の目を見張るような成績を、クラスメートの親の中で知らなかったのは、彼と母だけだった。
今まで関心を持たなかったのなら、これからも関心を持つ必要なんてない。
第3話
今年の入学式、クラスの中で私の親だけが来なかった。
両親そろって他県に出稼ぎに行っている同級生が2人いたが、それでもそれぞれ1人はわざわざ帰ってきていた。
それなのに私の両親は、わずか数百メートル先の寮で、引っ越したばかりの有希の部屋の片付けを手伝っていた。
入学式に顔を出すための時間さえ、2人にはなかった。
在校生代表としてステージへ向かおうとしたその時、ふと、両親が険しい表情でこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
すると、小学校時代の同級生のお母さんが、嬉しそうに私へ手を振った。
「真季、お父さんとお母さん、道を間違えたみたいね。ちょっと遅れちゃったのよ」
私は皮肉な笑みを浮かべた。
きっと2人とも、知り合いから「親失格」だと思われたくなかったのだろう。だから、仕方なくおばさんに連れられて私の隣まで来たのだ。
母は苛立ったように愚痴をこぼした。「これ、いつまでやるの?有希ちゃんが寮で待ってるのよ。私がご飯を買ってあげないといけないのに」
父は我関せずと腕を組んだ。
「あとでお前が真季ちゃんと一緒に、あの何とかいう入場式参加してやれ。今年はお前があいつを担当する番だろ」
母は、前の生徒たちが記念写真を撮っている様子を見て、眉をひそめた。
「嫌よ。あんな恥ずかしいこと。みんなが見てるじゃない」
「お前が行けよ」
父は当然のように断った。
「俺はあんな目立ちたがりみたいなこと、絶対やらないからな」
2人は声を潜めて言い争い始めた。
先生が私の名前を呼んだことにも、2人はまったく気づいていなかった。
私は誰にも声をかけず、彼らの横をすり抜けて、1人でステージへと歩み上がった。
もし今日、両親と一緒にこの儀式をするのが有希だったら。
2人はこんな態度を取っただろうか。
答えは、きっと違う。
ステージでは、親友が私を待っていた。
両親の態度を話すと、親友は怒りながらも困惑していた。
どうして私の両親が、妹にだけここまで肩入れするのか、彼女には理解できなかったのだ。
私は静かに言った。
「昔は、自分の何がいけないんだろうって思ってた。
だから、ずっと一番を取って、お菓子もおもちゃも買わないで、家事も何でもできるようになって、誰から見ても聞き分けのいい子になろうとした。
でも、それでも2人は変わらなかった。何も変わらなかった。
それで、少しずつ分かったの。親のえこひいきなんて、そもそも理屈の通るものじゃないんだって。
もう、これからは2人を変えようなんて思わない。ただ自分のことを……
孤児だと思えばいいよね」
第4話
ゴールデンウイークの休みに入り、学校を出るとすぐに父の車が目に入った。
少し離れたところで待っていると、案の定、両親と有希が一緒に出てきた。
母は妹が家に持ち帰って洗濯する服を抱え、父は妹のピンク色のスクールバッグを背負っている。
さっきまで笑い声を弾ませていた3人は、私の姿を見ると、途端に表情を曇らせた。
母は警戒するように車のドアの横に立った。
「本を読むのが好きでしょう。休みは本屋にでも行きなさい。泳げないんだから、海なんて危ないわ」
私は母の姿勢を眺め、それから、なかなか車のロックを解除しようとしない父を見た。
思わず笑いそうになった。
2人とも、私が3人の幸せな旅行に水を差しに来たと思っているのだろう。
「ただ生活費をもらいに来ただけ。2人が旅行に行ったら、私どうやって生活するの?」
母はほっとしたように息をつき、バッグの中を探してから父の腕を引っ張った。
「松(まつ)、現金持ってない?この子に少し渡して。私、お金を持ってきてないし、スマホも充電切れで電源が落ちちゃったの」
父は微動だにしなかった。
「お前が養う番の子だろ。なんで俺が金を出さなきゃならないんだ。
お前って本当にいつもそうだ。真季の金も世話も、何でも俺に押しつけて。いい加減にしろよ」
私は数枚の紙幣を握りしめた。心まで一緒に、くしゃくしゃになっていくようだった。
母が不満そうに父を引っ張った拍子に、有希のスクールバッグが落ちた。
ファスナーが何かに引っかかり、中身が少し見えた。
すべて1万円札だ。
私がバッグの中をじっと見つめているのに気づくと、有希はすぐにバッグを拾い上げ、胸に抱え込んだ。
「これはお母さんが、月例テストで成績が上がったご褒美にくれたお金だから!お姉ちゃんには関係ないでしょ!私のお金を当てにしないで!」
母は慌てて言った。「もういいから、真季ちゃん。早く家に帰りなさい。充電したらすぐ送金するから」
私は動かなかった。ただ母に尋ねた。「月例テストで成績が上がったの?何点上がったの?何位だった?」
父が誇らしげに答えた。
「2点だ!大学受験を考えると、1点1点が大切だ!
有希ちゃんがこれほど上達したんだから、ちゃんとご褒美をあげなきゃ」
だから、いきなり4万円も渡したの?
あまりにも馬鹿げていると思った。
今回の高校2年生の月例テストは、問題があまりにも簡単で、私たち高校3年生の間にも噂が広まっていたほどだった。
――平均点は20点も上がっていた。
そんな状況で有希が2点しか上がらなかったということは、実質的には成績が落ちたのと変わらない。
大学まで出ている母が、成績表を見てそれに気づかないはずがない。
でも、普段のえこひいきと同じだ。
あげたいから、あげた。
理由が正当かどうかなんて、二の次なのだ。
母は露骨に面倒くさそうな顔で私を見た。
「もういいでしょう、真季ちゃん。そんな顔しないで。あなたの同級生にも聞いたけど、今回あなたは3点も落としたんでしょう。
ご褒美があるなら罰もあるでしょう。そんなにこの話にこだわるなら、先に6万円の罰金を払いなさい」
私は思わず笑ってしまった。
数学のテストが地獄のように難しかった中で、私は90点から87点に落ちた。
担任の先生には3日間も褒められた。
それなのに両親の前では、6万円の罰金を払わされる落ちこぼれだった。
「私の点数の変動まで調べたのなら、私が何点取ったのかは聞かなかったの?」
母は気にも留めなかった。
「同級生が言ってた気がするけど、あのとき急いでたからちゃんと聞いてないわ。
そんなの、大事なことじゃないでしょう。
私たちはもう空港に行かなきゃいけないの。あなたと話してる暇なんてないわ。金食い虫ね。生活費は送るから、それでいいでしょう」
翌日になっても、母は私に生活費を送ることを思い出さなかった。
メッセージを送っても返事はない。
それなのに、妹の写真を加工してSNSに投稿する時間はある。
父にメッセージを送ると、母に言えと返された。
こんなことには、もうとっくに慣れていた。
それでも、嫌われていることを思い知らされ、私が彼らの間で押しつけ合わされているのだと感じるたびに、胸が痛んだ。
2人は毎週日曜の夜、学校が始まる前になると、必ず互いに電話をかける。
有希が学校へ持っていく生活費を用意したか、確認するために。
どちらかが出張に行くことになれば、嫌々ながらも必ず有希をもう一方の家に何日か預ける。
妹が1人でちゃんと食べて、ちゃんと眠れているか、心配で仕方がないのだ。
2人は忘れっぽいわけでもない。無責任なわけでもない。
ただ、私を愛していないだけだった。
第5話
夏休みになり、家族全員が再び会した。
有希は適当に食事を済ませると、すぐに階下へ降りて友達と手持ち花火をしに行った。
両親は、有希をどの塾に通わせるべきかという話で、また言い争いを始めた。
2人の声はどんどん大きくなり、ほかの親戚たちは怯えて、誰も口を挟めなくなった。
叔母が私の肩を押した。
「真季ちゃん、あんたの親があんなに口喧嘩してるんだから、ほら、止めに行きなさいよ」
私はエビの殻を剥き続け、顔も上げなかった。
「行かない」
祖母が私を睨んだ。
「お父さんとお母さんが今にも殴り合いそうなのに、よく食べていられるね!」
両親の喧嘩を止めようとしたことなら、私は何度も何度もある。
離婚する前から、離婚したあとまで、一度だって成功したことはない。
例えば2年前の新学期の引き渡しの日。
両親は料理を注文するところから、もう口喧嘩を始めていた。
有希が遅れていて、個室には私たち3人しかいなかった。
2人の口喧嘩がどんどん激しくなっていくのを見て、私はどちらの肩も持たないように、何度か2人を宥めた。
すると母は、すぐに矛先を私へ向けた。
「今年は私があなたを引き取るのに、私の味方もしないの?やっぱりあなたは親不孝者ね!」
母はすでに椅子を振り上げていた。
私は仕方なく、母に向かって何度か宥めるような言葉をかけた。
すると父が後ろで鼻で笑った。
「そんなに母親が好きなら、来年からお前も母親のところで暮らせばいい。俺は有希ちゃんだけいればいいんだから」
その言葉を聞いた瞬間、母はさらに激昂した。
「来年は有希ちゃんを私が引き取る番でしょう!!」
2人は殴り合いを始めた。
私は必死に2人を引き離そうとして、そのとき父が振り回した手のひらが顔に当たった。
重い平手打ちだった。乾いた音が部屋に響いた。
それでも2人はほんの一瞬動きを止めただけで、またすぐに喧嘩を続けた。
私を気にかける人は、誰もいなかった。
しばらくして妹がやって来た。
個室の入口に立った妹は、目を赤くしていた。
何も言わなくても、それだけで両親はぴたりと口喧嘩をやめた。
母はすぐに椅子を置き、父も手を引っ込めた。
2人は慌てて妹のところへ駆け寄り、我先にと涙を拭ってやった。
「有希ちゃん、泣かないで。お父さんとお母さんが悪かった。怖がらせちゃったね」
「こっちに座りなさい。食べたいものがあったら、また頼もう」
ほかにも何度、私は同じように惨めな思いをしながら、喧嘩を止めようとしただろう。
それでも私は両親を愛していた。だから何度でも、不器用で、力のない言葉をかけて2人を宥めた。
すでに壊れてしまった家族の平穏を、必死につなぎ止めようとしていた。
でも、もう愛していない。
2人が互いに刺し合って死んだとしても、私にはどうでもよかった。
叔母はまだ私を急かしている。「あんた、少しは動きなさいよ!よくそんなに座っていられるわね!」
そのとき、パシン、と乾いた音が響いた。
父が平手打ちを食らったのだ。
祖母は焦って地団駄を踏み、どうしようもないものを見るような目で私を睨んだ。
「あんたは本当に血も涙もない子だね!」
私は慌てることなく、スープを一口飲んだ。
「私が何を言っても止まらないよ。有希が帰ってくるのを待てば?」
親戚たちも何とか2人を宥めようとしたが、結局どうにもならなかった。
しばらくして有希が帰ってきた。
リビングの真ん中で揉めている両親を見ると、妹は困ったようにため息をついた。
「お父さんもお母さんも、またどうしたの?」
母は父の襟を掴んでいた手を離した。
父は手首をさすった。
「何でもない、何でもない。お父さんとお母さんはちょっとふざけてただけだよ」
「有希ちゃん、おいで。お小遣いをあげる。お母さんが嫌な思いをさせちゃったから、1万円多く入れておいたわ」
父もすぐに財布を取り出した。
「明日、新しい服を何着か買いなさい。足りなかったらお父さんに連絡しろよ」
母は私にもお金を差し出した。
「真季ちゃんはいいでしょう。私たちが喧嘩しても、あなたは全然悲しそうにしてなかったもの。埋め合わせなんて必要ないわ」
私は静かに受け取った。
何も言わなかった。騒ぎ立てることもしなかった。
母は、今日の私があまりにも素直に受け取ったことが意外だったのか、しばらく私を見つめていた。
大学入試の日になっても、両親は相変わらず私のことを思い出さなかった。
私は1人で志望校を決め、1人で試験を受け、1人で成績を確認した。
複数の大学から合格通知や特待生の案内が相次いだ。私のスマホは鳴りっぱなしになった。
どこも私を取り合うように、入学を勧めてきた。
それでも私の選択は揺るがなかった。
千キロ以上離れた、月川大学。
3月の終わり。
また子どもの引き渡しの日がやってきた。
母は待ちきれないとばかりに私の部屋へやって来て、荷造りを手伝った。
私を送り出して、代わりに妹を迎え入れられることへの喜びを、母は隠しきれていなかった。
翌朝、私は早々にスーツケースを引いて家を出た。
けれど、向かった先はいつもの引き渡し場所のレストランではない。空港だ。
見送りに来てくれた親友と搭乗を待ちながら話していると、彼女が尋ねてきた。
「あなたのご両親って、あんなに有希を可愛がってるでしょう。あなたが出世して成功したら、老後の面倒まで全部あなたに押しつけてくるんじゃない?」
私は少し笑った。
「簡単だよ。裁判所で話し合って、ルールを決めればいい。
これからは、私と有希で、親を1人ずつ面倒を見る。毎年交代」
ただ、分からない。
人生の後半になって、たらい回しにされ、嫌がられることになるのは、一体どちらなのだろう。