第1話
私は若松日菜(わかまつ ひな)。
親友の吉田綾香(よしだ あやか)とは、結婚を考える相手ができたら必ずお互いに会わせ、2人とも納得した人としか結婚しないと約束していた。
西園渉(にしぞの わたる)と付き合い始めたその日、私はさっそく彼を綾香に会わせた。
綾香は渉を上から下まで見て、あからさまに品定めした。
「背、高すぎない?年も離れてるし、職場だって日菜の会社から遠いじゃん。
別れなよ。日菜には合わないって」
2人の間に挟まれた私は、気まずくて手のひらに汗がにじんだ。
ところが渉は、むしろ負けん気に火がついたらしく、綾香をまっすぐ見返した。
「背が高いなら、俺がかがめばいいだろ。
年上なのが気になるなら、老け込まないようにする。
職場が遠いなら――」
渉はそう言って私の手を握った。
「結婚したら、日菜の会社の近くに家を買う。
俺なら日菜を任せられるって、絶対認めてもらう」
あの日、2人はテーブルを挟んでにらみ合っていた。
綾香は冷ややかな目を向け、渉も一歩も引こうとしなかった。
あまりの険悪さに、私も口を挟めなかった。
それからも、2人は顔を合わせるたびに何かと張り合っていた。
でも、そんなやり取りにも、私はいつの間にか慣れていた。
そんなある日、綾香の誕生日プレゼントがなかなか決まらず、何かヒントがないかと彼女の通販アプリにログインして、カートの中をのぞいてみた。
そこで偶然、綾香と「W」という相手のやり取りを見つけた。
メッセージは1000件を超えていた。
2人はお気に入りのシャンプーやスキンケア用品を教え合い、季節の変わり目にはお互いの服を選び、私へのプレゼントまで2人で相談して決めていた。
最新のメッセージは、綾香からだった。
【私たち、こんなことしてちゃだめだよ。日菜は私のいちばんの親友なんだから】
Wからは、すぐに返事が来た。
【綾香は悪くない。悪いのは俺だ】
【俺が綾香を好きになったのが悪い。こんなふうに困らせたくなかった】
【やり直せるなら、あのとき日菜とは絶対に付き合わなかった】
その瞬間、画面を見つめたまま、さっと血の気が引いた。
そのとき、ようやくわかった。
綾香をこんなにも想っている「W」は――
私の恋人、西園渉だった。
第1話
私はその場にへたり込み、指先が震えて、スマホさえまともに持てなかった。
それでも、まだ信じたくなかった。
もっと前まで遡れば、何かの間違いだったとわかるかもしれない。そんな思いにすがるように、私は過去のやり取りを辿っていった。
そのとき、「W」から新しいメッセージが届いた。
【昨日、俺が抑えきれなくなってキスした。でも、綾香は拒まなかったよな。……それって、綾香も俺のこと、好きってことだよな?】
スマホが手から落ち、そのまま床に転がった。
胸が締めつけられるようで、うまく息ができなかった。
どうして、こんなことになったんだろう。
私も綾香も、親のいない子どもだった。
15歳の頃、暮らしていた児童養護施設の閉所が決まり、私たちもそこを出なければならなくなった。
これからどうすればいいのかわからなくて、私は泣いてばかりいた。
そんな私の手を取って、綾香は一緒に施設を出てくれた。
「大丈夫だよ、日菜。
これからは私が働くから。日菜のことは私がなんとかする」
でも、綾香だってまだ15歳だった。それどころか、私より3か月も年下だった。
その後、綾香は本当に高校を辞め、昼は飲食店、夕方からはコンビニで働くようになった。きついときには、1日4時間しか眠れないこともあった。
それでも、私にお金を渡すときはいつも、何でもないことみたいに笑っていた。
「私、もともと勉強は苦手だったし。学校辞めて働くくらい、別に平気だよ。
でも、日菜は違うでしょ。
日菜は勉強できるんだから、絶対いい大学に行って、今みたいな生活から抜け出すんだよ」
学費も生活費も、全部綾香が1人で出してくれた。
私にとって、綾香は姉でもあり、母親代わりでもあった。自分のことはいつも後回しにして、ずっと私を支えてくれた。
そんな綾香のおかげで、私は大学に進むことができた。そして、そこで渉と出会った。
渉は、私がどうしてあんなに必死に勉強していたのかも、休む暇もなくバイトを掛け持ちしていた苦しさもわかってくれた。人には見せたくなかった劣等感や不安にも、何も言わなくても気づいてくれた。
それでも決して踏み込みすぎず、私の自尊心を傷つけないようにそっと寄り添ってくれた。渉といると安心できたし、少しずつ自分にも自信が持てるようになった。綾香以外で、こんなふうに私を大切にしてくれたのは、渉が初めてだった。
だから私は、どうしても綾香に渉のことを認めてほしかった。私にとって大切な綾香と、いつも私を大切にしてくれる渉が、いつかお互いに支え合えるような関係になってくれたらと思っていた。
それなのに、結局、全部を台無しにしてしまったのは私だった。
そのとき、床に落ちたスマホがまた鳴った。私はしばらく動けずにいたが、それでも手を伸ばしてスマホを拾った。
第2話
そのとき、また渉からメッセージが届いた。
【熱が出てつらいって言うから、すぐ会いに行った。夜眠れないって言われたら、朝までずっと話してた】
【俺の気持ち、気づいてないわけないよな】
【この先どうにもならなくてもいい。綾香がどう思ってるのか、それだけ聞かせてほしい】
【綾香、頼むから無視しないでくれ。何も返してくれないのは、さすがにきつい】
しばらくして、ようやく綾香から返事が来た。
【私が悪い。自分の気持ちに気づいたときに、ちゃんと線を引くべきだった】
【でも、日菜だけは裏切れない。あの子にだけは、絶対そんなことできない】
【どうすればいいのか、自分でもわからない】
【でも、日菜だけは絶対に失いたくない。今はそれしかわからない】
メッセージを読み終えた途端、涙がこぼれた。
私が何より大切にしている2人が、互いへの気持ちに苦しんでいる。
でも、そのやり取りを見ている私も、苦しくてたまらなかった。2人がどうすればいいのかわからないように、私にもどうすればいいのかわからなかった。
綾香の27歳の誕生日は、もう1週間後に迫っていた。
私は2週間も前から、その日のために準備していた。レストランも自分で選び、飾りつけは3回も練り直した。店内で流すBGMも、夜中まで何度も聞き比べた。
忘れられない誕生日にしてあげたかった。
なのに今は、綾香の顔をまともに見ることさえできそうになかった。
私はもう1度、綾香の通販アプリを開いた。
お気に入りには、最近追加されたばかりのワンピースがあった。アイボリーの上品なデザインで、ウエストには小さなパールボタンが並んでいた。
いつもの綾香なら、まず選ばないような服だった。
それでも、綾香が気に入っていることは、なんとなくわかった。
昔から、綾香は何かいいものがあると、決まって私に譲ってくれた。かわいいワンピースを買うのもいつも私のためで、自分はTシャツに長ズボンという、飾り気のない格好ばかりしていた。
「学校って、結局見た目で判断する子も多いからさ。日菜はちゃんとした服着てたほうが、変に目をつけられなくて済むよ。
私は今ので十分。仕事するなら、そのほうが楽だし」
そのうち私も働くようになり、私の収入だけでも2人で暮らしていけるようになった。もう綾香には、好きなものを買って、好きなように暮らしてほしかった。
けれど、綾香は相変わらず飾り気のない服ばかり着て、自分のために何かを買うことはほとんどなかった。
きれいな服に興味がなかったわけじゃない。
ただ、自分のためにお金を使わないことが、いつの間にか当たり前になっていただけだった。
私はそっと綾香のアカウントからログアウトし、自分のアカウントでそのワンピースを注文した。
支払いを済ませた瞬間、胸の奥がふっと空っぽになった。
今はまだ、綾香とどう向き合えばいいのかわからない。それでも、せめて誕生日くらいは笑っていてほしかった。
そして迎えた綾香の誕生日当日。渉も時間どおりにやって来た。いつも通り、私が乗るときにはドアを開け、綾香のコートも受け取って後部座席に置いてくれた。
車に乗ると、今度はさりげなくエアコンの温度を上げた。
「綾香、寒がりだから。少し暖かくしとくな」
そう言ったあと、渉はふと私のほうを見た。
「日菜は暑くない?」
私は笑って首を振った。
「ううん、大丈夫」
車の中は、別に暑くなかった。
それでも、なぜか胸の奥がひりついた。
走り出してからも、渉はいつもと変わらず私に話しかけてきた。レストランには何時に着く予定なのか、ケーキはもう届いているのか、準備で疲れていないか。
どれも、いつもの渉らしい言葉だった。
優しくて、気が利いて、いつだって私のことを気にかけてくれていた。
何も知らなければ、これから夫になる人として、何ひとつ申し分のない恋人に見えただろう。
それくらい、渉はいつも通りだった。
けれど、赤信号で車が止まったとき、ルームミラー越しに、渉が綾香を見ていることに気づいた。
ほんの一瞬の視線だった。それでも、私にはわかってしまった。
綾香は俯いたまま、何も気づいていないように見えた。けれど、バッグの持ち手は、指先が白くなるほど強く握りしめていた。
なんだか急に、どっと疲れた。
知ってしまったことより、知っているのに知らないふりをするほうが、ずっとつらかった。
レストランに着くと、店内は暖かな黄色い灯りと白いバルーンで飾られ、テーブルには綾香の好きなデイジーが並んでいた。
綾香は入口で足を止め、しばらく驚いたように店内を見回していた。やがて、その顔に嬉しそうな笑みが浮かんだ。
「日菜、ありがとう。すごく気に入った」
胸の奥は苦しいままだったけれど、私も笑ってみせた。
「私たちの仲でしょ。お礼なんていいって。
それより、プレゼントも用意してるから。開けてみて」
1か月前には、渉にも綾香への誕生日プレゼントを忘れずに用意するよう伝えてあった。
第3話
あのときの私は、渉がちゃんとプレゼントを選んでくれたのか、まだそんなことを気にしていた。
今となっては、そんな心配をしていたこと自体が皮肉だった。
渉が綾香へのプレゼントを適当に選ぶはずなんてなかった。
綾香が少し緊張したように見守る中、私と渉はほとんど同時にプレゼントを差し出した。
よく似た紙袋が並んだのを見て、胸がざわついた。
そして、それぞれ箱を開けた瞬間、3人とも固まった。
中に入っていたのは、まったく同じワンピースだった。
私がこのワンピースを選んだのは、綾香のカートをこっそり見たからだ。
じゃあ、渉は?
思わず渉を見ると、明らかに動揺していた。
「たまたま見かけて、綾香に似合いそうだと思って買っただけだよ」
嘘だとわかった。
それでも、何も聞けなかった。
沈黙を破ったのは綾香だった。私の腕にそっと絡みながら、明るい声を出した。
「さすが恋人同士だね。考えることまで一緒なんだ。まさかプレゼントまでかぶるなんて。
大丈夫だよ。2着あるなら、その日の気分で着ればいいじゃん。せっかく2人が選んでくれたんだし、どっちも着るよ」
私はなんとか笑って、小さくうなずいた。
それを見て、2人とも少しほっとしたようだった。
席に着くと、渉と綾香が私を挟むように座った。
今日は綾香の誕生日なのに、食事が始まると、綾香はいつものように私のことばかり気にかけていた。辛いものは食べすぎないようにと念を押し、魚の骨まで丁寧に取ってくれた。
渉も、エビの殻をむいたり、私の苦手な食材をさりげなくよけたりと、いつもと変わらず世話を焼いてくれた。
2人とも、いつもと何も変わらないように見えた。
それが、かえって苦しかった。
こらえようとしたけれど、気づいたときには涙がこぼれていた。
渉はすぐに私の顔をのぞき込んだ。
「どうした?大丈夫か?」
綾香も心配そうにこちらを見た。
私は急いで涙を拭い、なんとか笑ってみせた。
「何でもないよ。ちょっと感動しちゃっただけ」
そう言ってグラスを持ち上げ、綾香に向けた。
「綾香、乾杯しよ。
今日は誕生日だし、私たちが出会って20年になる日でもあるんだから。ちゃんとお祝いしよう」
綾香もすぐにグラスを上げた。笑ってはいたけれど、その目だけはどこか揺れていた。
「日菜、施設にいた頃、2人でずっと一緒にいようって話したの、覚えてる?
私にとって、日菜は誰より大事な人だよ。何があっても、ずっと一緒にいたい」
隣では、渉のグラスを握る手に、わずかに力が入った。表情もほんの少し曇ったように見えた。
グラスが軽く触れ合った。
けれど、お酒を口にしても、何の味もしなかった。
そのとき、ふいにスマホが震えた。
画面には、診療科長からのメッセージが表示されていた。
【若松先生には、今後の活躍をとても期待しています。今回の海外研修は、これからのキャリアにもきっと生きてくるはずです。
せっかくの機会ですから、ぜひ前向きに検討してみてください】
返信欄を開いたまま、しばらく画面を見つめていた。
少し前までの私なら、きっと迷わず断っていた。
渉にも以前、海外研修の話があった。それでも、私のためにここに残ることを選んでくれた。
綾香も、私の仕事に合わせてこの街に引っ越してきてくれた。
大切な2人がここにいる。だから、私もここを離れるなんて考えたこともなかった。
けれど、ふと顔を上げると、目の前の2人はどこか上の空だった。
あの夜、2人のやり取りを見ていなかったら、今もこんなふうにはなっていなかったのかな。
でも、今さら考えても仕方がない。
もう、知らなかった頃には戻れない。
そう思ったら、不思議と迷いはなくなった。
【先生、今回の海外研修、応募したいです】
出発は1週間後に決まった。
それからの数日も、渉と綾香は今までと変わらず私に接してくれた。
渉は相変わらず毎日送り迎えをし、温かい食事を用意してくれた。私が疲れている日は、何も言わずそばにいてくれた。
綾香も衣替えを手伝い、仕事では無理をしないよう何度も声をかけてくれた。夜になると、体調は大丈夫か、仕事は忙しくないかと、欠かさずメッセージを送ってくれた。
傍から見れば、私たち3人は今までと変わらず仲良く見えたはずだ。
それでも、今も私の知らないところで、2人は何を話しているんだろう、何を想っているんだろうと、考えずにはいられなかった。
仕事の引き継ぎを終えた日、渉は時間どおり病院まで迎えに来た。
私を待つ渉を見た同僚が、笑いながらからかってきた。
第4話
「彼氏、大事にしなよ。性格もいいし、見た目もいいし。誰かに取られないようにね」
私は軽くうなずいただけで、何も言わなかった。
帰りの車の中は、妙に静かだった。渉は何度か口を開きかけたものの、そのたびに言葉を飲み込んでいた。
何か話そうとしているのはわかった。
もしかして、全部打ち明けるつもりなんだろうか。
もしそうなったら、私はどうすればいいんだろう。泣いて責めるのか、それとも何も知らないふりをして受け入れるのか。
どちらも、できる気がしなかった。
結局、家に着くまで、ほとんど会話はなかった。
玄関を開けた瞬間、思わず足が止まった。
部屋の中は、いつの間にかきれいに飾りつけられていた。壁にはやわらかな灯りがともり、私の好きな花がところどころに飾られていた。
まだ状況を飲み込めずにいるうちに、渉が私の前まで来て、その場で片膝をつき、まっすぐ私を見上げた。
「日菜、俺と結婚してくれ」
その声とほぼ同時に、綾香が花束を抱えて姿を見せた。目に涙を浮かべながら、嬉しそうに笑っていた。
「日菜、渉ならもう文句なしだよ。私もちゃんと認めたんだから、早く返事してあげて」
目の前に広がっていたのは、何度も夢見てきたはずの光景だった。
それなのに、どうしても「うん」と言えなかった。
私が返事をためらっていると、突然、壁の飾りパネルが外れてこちらへ落ちてきた。
とっさに動けずにいる私の前へ、渉と綾香が同時に飛び込んできた。
「日菜、危ない!」
私はかすり傷ひとつなかった。代わりに、2人は落ちてきたパネルで腕を切り、そのまま病院で手当てを受けることになった。
会計を済ませて2人のところへ戻ると、処置室にはもう看護師の姿がなかった。
中から、2人が声を潜めて言い合うのが聞こえてきた。
「綾香に言われた通り、日菜にプロポーズした。でも、あんなことが起きて、結局返事は聞けなかった」
渉は思いつめたような低い声で続けた。
「こんなときにあんなことまで起きるとさ……もうやめろって言われてる気がするんだ。
日菜も、結局返事してくれなかったし。もしかしたら、もう俺とは結婚したくないのかもしれない」
「そんなわけないでしょ!」
綾香はすぐに言い返した。
「日菜は、初めて渉を私に会わせた頃から、ずっと渉と結婚したいって思ってたんだよ。
返事できなかったのだって、気持ちが追いつかなかっただけかもしれないじゃん。もう1回、ちゃんと伝えてあげて」
「無理だよ!」
渉の声が急に大きくなった。
「日菜を大事にしなきゃって思ってるのに、気づくと綾香のことばっかり考えてる。
さっきだって、日菜にプロポーズしながら、頭に浮かんでたのは綾香だった。
なあ、綾香。俺、どうしたらいいんだよ」
しばらく黙っていた綾香が、震える声で言った。
「知らない……私だって、どうしたらいいのかわかんないよ。
私と日菜は7歳の頃から一緒だった。施設にいた頃も、ずっと2人で支え合ってきたの。
日菜は、私のためなら何だってしてくれる。なのに私、よりによって日菜の彼氏を好きになっちゃったんだよ。
もう無理だよ、渉。これ以上、日菜を裏切りたくない。
今だって、日菜に顔向けできないよ。
だから、もう私にどうしたらいいかなんて聞かないで……」
気づけば、会計でもらった領収書を、ぐしゃぐしゃになるほど握りしめていた。
その瞬間、ずっと胸の奥に押し込めていた記憶が、鮮明によみがえった。
18歳の頃、綾香には一度だけ、付き合っていた人がいた。
綾香はその人のことを本気で好きで、付き合い始めてすぐに私にも紹介してくれた。
けれど、その男は綾香がいない隙に、私の体に無理やり触れようとした。
そこへ戻ってきた綾香は、それを目にした途端に我を失い、その男を刃物で3回刺した。
あのときの綾香には、ただ私を守ることしか頭になかったんだと思う。
その後、相手への賠償や実刑の可能性まで出てきたのに、綾香が気にしていたのは私のことばかりだった。
「日菜、私は平気。それより、日菜に何もなくてよかった」
あのときの綾香の顔は、今でも覚えている。自分がどうなるかなんて、少しも気にしていないようだった。
私はあのとき、ただ綾香に守られていた。そして今も、2人に向き合うことさえできないまま、逃げるように病院を出て、そのまま空港へ向かった。
飛行機に乗り込み、出発を待っている間も、スマホは何度も震えた。渉からの着信が続き、そのあとには綾香からも電話がかかってきたが、私はどちらにも出なかった。
代わりにメッセージを書いては消した。最後に残った一文をしばらく見つめ、そのまま送った。
【渉、綾香。2人で幸せになってね】
送信したのを確認して、スマホの電源を切った。