私が死んでから、世界は私を愛し始めた

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私が死んでから、世界は私を愛し始めた

GoodNovel new 完結

死ぬ間際、私・水城日和(みずき ひより)は恋人の柊木蒼真(ひいらぎ そうま)に助けを求めた。 「蒼真、助けて……お願い……」 電話の向こうから返ってきたのは、苛立ちを隠そうともしない声だった。 「日和、今度は何のつもりだ?自殺騒ぎなら、もううんざりだ」 その背後で、従妹の朝倉小春(あさくら こはる)の甘ったるい声がした。 「蒼真くん、駅南口のお店のキャラメルラテが飲みたいな」 蒼真の声が、たちまち優しくなった。 「わかった。今から行こう」 通話は切れた。 そして、私の心臓も止まった。 やがて魂だけになった私は、宙を漂いながら眺めていた。 命を懸けて愛した人たちが、私が死んでから、吐き気がするほどの愛情を演じる姿を。 笑うしかない。 短い生涯のすべてを費やして、誰も差し出してはくれない愛を乞い続けていただけだった。

チャプター (1)

第1話

死ぬ間際、私・水城日和(みずき ひより)は恋人の柊木蒼真(ひいらぎ そうま)に助けを求めた。 「蒼真、助けて……お願い……」 電話の向こうから返ってきたのは、苛立ちを隠そうともしない声だった。 「日和、今度は何のつもりだ?自殺騒ぎなら、もううんざりだ」 その背後で、従妹の朝倉小春(あさくら こはる)の甘ったるい声がした。 「蒼真くん、駅南口のお店のキャラメルラテが飲みたいな」 蒼真の声が、たちまち優しくなった。 「わかった。今から行こう」 通話は切れた。 そして、私の心臓も止まった。 やがて魂だけになった私は、宙を漂いながら眺めていた。 命を懸けて愛した人たちが、私が死んでから、吐き気がするほどの愛情を演じる姿を。 笑うしかない。 短い生涯のすべてを費やして、誰も差し出してはくれない愛を乞い続けていただけだった。 第1話 私の魂は、重さを失ったように宙を漂っていた。 白いシーツをかけられた自分の身体が、救急車で運ばれていくのを見送った。 警察署の保管室では、私のスマホが透明な証拠品袋に入れられ、ぽつんと置かれていた。 制服姿の警察官が二人、所持品を確認している。 「先輩、まだ電源が入っています」 若い警察官が袋越しに画面をのぞき込んだ。壁紙は、私と蒼真が並んで写った写真だった。 蒼真は明るく笑い、私の肩を抱いて、頬を寄せている。 誕生日に、私が無理を言って撮ってもらった写真だ。一生、壁紙にすると決めていた。 今となっては、悪い冗談にしか見えない。 「恋人とうまくいっていなかったのかな」 年配の警察官の小谷警部補は画面に目をやり、静かにつぶやいた。 スマホにはロックがかかっていなかった。彼は通話履歴を開き、家族への連絡を試みた。 私はその隣に浮かび、妙に冷静な気分で眺めていた。 さて、最初に誰にかけるのだろう。 小谷警部補が、連絡先に「母」と登録された番号を押した。 呼び出し音が長く続いた末、ようやく母が出た。 「もしもし?こんな夜中に誰ですか」 ひどく不機嫌な声だった。 「水城日和さんのお母様でしょうか。こちらは所轄署の交通課です。日和さんが交通事故に遭われ、搬送先で――」 「詐欺でしょ!」 母の甲高い声が、説明を遮った。 「そういう悪質な手口、いい加減にしたら?お金なら一円も払いませんから!」 小谷警部補は一瞬言葉を失ったが、すぐに説明を続けた。 「お母様、詐欺ではありません。娘さんは本当に――」 「日和が何ですって?どうせまた、あなたたちまで巻き込んで芝居をしているんでしょう。もう騒ぐのはやめなさいと伝えてください」 声には、娘に対するものとは思えないほどの侮蔑がにじんでいた。 「小春は体が弱いのよ。ラテを飲みたいと言ったから、蒼真くんが付き添った。それの何が悪いの?警察まで使って騒ぎ立てるようなこと?みっともない真似はやめて、さっさと帰ってきなさい!」 ぶつりと電話が切れた。 小谷警部補の顔に、困惑と憐れみが浮かぶ。 胸のあたりが鋭く痛んだ。魂になっても、心は痛むらしい。 お母さん、私、本当に死んだんだよ。 もう騒いだりしない。 もう二度と……帰ることもない。 その頃、蒼真は温かいキャラメルラテを朝倉小春(あさくら こはる)に手渡していた。 「熱いから気をつけろよ」 私には一度も向けたことのないような、優しい声だった。 小春は一口飲み、満足そうに目を細めた。 「ありがとう、蒼真くん。おいしい。でも……日和さん、まだ怒ってるかな。さっき電話してきたし、何かあったんじゃない?」 「放っておけ」 蒼真は眉を寄せた。 「あいつに大した用なんかない。俺に帰ってきて、機嫌を取れと言いたいだけだ」 小春は唇をかみ、怯えたような顔を作った。 「でも……」 「でもじゃない。日和のことなら、俺がいちばんよくわかってる」 第2話 「ここで甘やかしたら、いつまでたっても変わらない。俺たちは俺たちで楽しもう。あいつの電話なんかで、気分を台無しにする必要はない」 小春はうつむいた。その口元に得意げな笑みが浮かんだことを、蒼真は知らない。 暖かなカフェで向かい合う二人を、柔らかな照明が包んでいた。 その頃、冷え切っていく私の身体は、街の片隅に置き去りにされたままだった。 警察はもう一度、関係者への連絡を試みた。今度は蒼真だった。 電話はすぐにつながった。 「柊木蒼真さんでしょうか。水城日和さんのことで――」 「今度は何をしたんですか。もう、あいつと話すことはありません。二度と俺に連絡してくるなと伝えてください」 それだけ言うと、彼は警察からの番号を着信拒否にした。 とうとうすべての音が消えた。 …… 私の遺体は、引き取り手のないまま霊安室に置かれた。 最初の二日間、私はまだ期待していた。 母が、私の話は嘘ではなかったと気づいてくれるかもしれない。 蒼真が、私がわがままを言ったのではないと気づいてくれるかもしれない。 けれど、待っていた私が目にしたのは、何度も繰り返される悪い冗談のような光景だけだった。 私は、二十年以上暮らした家へ戻った。 リビングでは、母が作ったばかりの温かいカレーを小春に差し出しながら、腹立たしげに話していた。 「最近の詐欺って、本当にたちが悪いのね。警察のふりをして、日和が交通事故で死んだなんて言うのよ。お金をだまし取るつもりに決まってるから、すぐ切ってやったわ。縁起でもない」 母は水を一口飲み、さらに続けた。 「それに比べて、小春は優しいわね。私が嫌な思いをしたからって、毎日そばにいてくれるんだもの。日和にも、小春の半分くらい思いやりがあればよかったのに」 楽しげに話す母の前では、私の存在など空気よりも希薄だった。 いや、空気以下だ。 空気なら、母が息をするために必要とされる。私はただ、縁起が悪いと思われているだけだった。 「小春、外は冷えてきたでしょう。新しいコートを買っておいたから、着てみて」 小春は素直な娘を演じるように答えた。 「ありがとう、おばさん。本当に優しいね」 「何を言ってるの。日和もあなたくらい聞き分けがよかったら、どれだけ楽だったか」 母はため息をついた。その言葉には、私への嫌悪があふれていた。 その光景を見ているうちに、遠い昔のことを思い出した。 小春が初めて我が家へ来た頃、彼女は痩せて小さく、いつも人の後ろに隠れていた。 私の新しいワンピースを欲しがり、大切にしていた人形を壊しては、母の背中に隠れて泣いた。 母はいつも言った。 「日和のほうが年上なんだから、少しくらい譲ってあげなさい」 あの頃、私の味方をしてくれたのは蒼真だけだった。 小さな英雄のように私の前へ立ち、小春に言ってくれた。 「これは日和のものだ。勝手に取るな」 壊されたものと同じ人形を、こっそり買ってくれたこともある。 不器用に私を慰めながら、彼は言った。 「日和、もう泣くなよ。泣くとすごく不細工だぞ」 あの頃の蒼真は、私の世界に差す、たった一筋の光だった。 いつから、その光は別の人だけを照らすようになったのだろう。 たぶん、小春が蒼真の前で初めて低血糖を起こし、倒れた日からだ。 蒼真は慌てて彼女を抱き上げ、病院へ駆け込んだ。戻ってきた彼は、私を責めるような目で見た。 「日和、小春は体が弱いんだ。もう困らせるなよ」 それを境に、すべてが変わった。 小春のか弱さは、彼女にとって何より強い武器になった。 そして私が見せる感情は、どれもわがままの一言で片づけられた。 数日後、これ以上遺体の保管を続けることはできなくなった。 自治体は警察と連携し、必要な手続きを経て、私を火葬することになった。 担当していた小谷警部補は、私の資料を見ながら、深いため息をついた。 「まだ、こんなに若いのに……」 彼は火葬の日にも立ち会い、自分で用意した白い菊を供えてくれた。 引き取り手のない遺骨として、私は公営霊園の合葬墓へ納められた。 空は重く曇り、細い雨が降っていた。 家族も友人もいない。 そこにいたのは、手続きを担当した自治体の職員と、数人の警察官だけだった。 墓誌には、私の名前が小さく刻まれていた。 第3話 私は彼らに向かって、深く頭を下げた。 ありがとう。 死んだ私に、最後まで人として接してくれて。 それにしても、死んだあとまで他人の手を煩わせるなんて、申し訳ないな。 魂には涙がないらしい。それでも胸の奥は、雨水で満たされたように冷たく、重かった。 このまま消えていくのだと思った。 けれど、そうはならなかった。 わずかに残った未練が鎖となり、とうに嫌いになったこの世へ、私を固くつなぎ止めていた。 見届けたかった。 あの人たちが、聞き分けの悪い私のことを、いつ思い出すのか。 …… 半月後、母はようやく異変に気づいた。 私に電話をかけても、電源が切れている。 LINEを送っても、既読にならない。 少しずつ不安になっていったはずなのに、口調は相変わらず強気だった。 「あの子、本気で私に意地を張るつもりね。いつまで続くか見ていようじゃない」 母は蒼真に電話をかけた。 「蒼真くん、最近、日和に会った?あの子、もう半月も帰ってこないし、電話もつながらないの」 蒼真の声には、かすかな後ろめたさがにじんでいた。 「おばさん、俺も会ってません。あの日以来、日和からは連絡がなくて……」 「恩知らずな子!」 母は怒鳴った。 「今まで育ててもらっておいて、こんなことで家出するなんて!」 そばにいた小春が、切った果物を載せた皿を持ってきた。 「おばさん、そんなに怒ったら体に悪いよ」 そう言ったあと、彼女は何かをためらうように視線を揺らした。 「小春、何か知っているの?」 母はすぐに食いついた。 小春は下唇をかみ、しばらく迷うそぶりを見せてから、小さな声で答えた。 「実は……何日か前に、日和さんを見かけた気がするの」 「会ったの?どこで?」 母と、電話の向こうの蒼真が同時に問い返した。 「駅前のショッピングモール。声をかけようと思ったんだけど……」 小春はますます声を落とした。 「日和さん、男の人と一緒だったの。すごく親しそうで……」 「え?」 母の声が一気に大きくなった。 「私に気づいたら、すごく怒った顔をして、その人の腕を引いて行っちゃった。やっと私たちから解放された、新しい人生を始めるんだって……そんなことも言ってた気がする」 小春の声は泣き出しそうに震えた。 「おばさん、ごめんなさい。私、言わないほうがよかった?日和さん、きっとまだ私を恨んでるんだよね。私さえいなければ、家を出たりしなかったのに……」 「あなたのせいじゃないわ!」 母は厳しい声で遮り、小春を抱き寄せた。 「悪いのはあの子よ。自分が恥知らずなことをしておいて、あなたのせいにするなんて!」 電話の向こうで、蒼真は黙り込んだ。 顔を見なくても、どんな表情をしているか想像できた。きっと顔をこわばらせ、こめかみの青筋をぴくぴくさせているに違いない。 支配欲の強い彼が、私がほかの男と一緒にいると聞いて、平静でいられるはずがない。 「おばさん、心配しないでください」 蒼真の声は冷え切っていた。 「俺が必ず見つけます。どこの誰と一緒にいるのか、この目で確かめてやりますよ」 電話を切ったあとも、母は誰もいない空間へ悪態をつき続けた。 「恩知らずにもほどがあるわ。男と逃げるなんて、自分がどれほどのものだと思ってるの。小春はこんなに体が弱いのに、少しくらい譲ってあげることもできないなんて」 私は宙に浮かんだまま、黙って聞いていた。 お母さん。 あなたの本当の娘は、私なのに。 少しでいいから、私を見てほしかった。 きちんと愛してほしかった。 それだけを願った私が、いったい何を間違えたのだろう。 小春の体が弱いことを心配するなら、一度でも考えてくれたことはある? あなたの娘は、もうとっくに冷たい灰になっているんだよ。 第4話 私が「家出をして、男と逃げた」という話は、母と蒼真の胸に刺さった棘になった。 母の私への罵りは、日に日にひどくなっていった。 ある日、彼女は私の部屋へ乗り込み、正気を失ったように、持ち物を次々と廊下へ放り出した。 「出ていきなさい!全部、家から出してやる!私にこんな娘はいない!」 服も、本も、アルバムも、乱暴にごみ袋へ押し込まれていく。 蒼真は暗い顔で、部屋の入口に立っていた。 止めようとはしなかった。その沈黙は、母への同意と同じだった。 小春は母の後ろで、心にもない言葉を口にした。 「おばさん、やめて。全部、日和さんの大切なものだよ……」 「日和なんて、もう知らない!私に娘はいない!」 母は目を真っ赤にして、小春を指さした。 「これからは、あなたが私の娘よ」 小春の瞳に歓喜が走った。けれどそれは、すぐに悲しげな表情の奥へ隠された。 「おばさん……」 母の手が、淡いピンク色のフォトフレームの前で止まった。 私が18歳の誕生日に、蒼真と撮った一枚きりのプリクラが入っている。 頬を寄せ合って、二人とも馬鹿みたいに笑っていた。 いちばん大切な思い出だったから、ずっとベッド脇に飾っていた。 「本人が出ていったのに、こんなものを残しておく必要なんてないわ!」 母はフレームをつかみ、床へたたきつけようとした。 蒼真の瞳が大きく揺れた。反射的に止めようと、口を開きかける。 そのときだった。 玄関のドアをたたく音が、室内にはっきりと響いた。 三人とも、その場で動きを止めた。 母はフレームを振り上げたまま固まり、小春の悲しげな表情も凍りついた。 「誰ですか!」 母が苛立たしげに声を張った。 返事はない。ただ、もう一度、ドアをたたく音がした。 「まったく、何なのよ」 母はフレームを置き、怒りに任せて玄関を開けた。 そこに立っていたのは、厳しい表情を浮かべた小谷警部補だった。 その眼差しには、隠しきれない痛ましさがあった。 火葬の日に、白い菊を供えてくれた人だ。 姿を見た瞬間、胸が強く締めつけられた。 小谷警部補は母の肩越しに、散らかった室内を見渡した。最後に、蒼真と小春へ目を止めた。 「こちらは、水城日和さんのお宅でしょうか」 母は警戒するように、彼を上から下まで眺めた。 「そうですけど。どなたですか?日和ならいません」 「所轄署の小谷です」 小谷警部補は警察手帳を示し、透明な袋に入った運転免許証を取り出した。 母の顔色がわずかに変わった。 「あの子なら、男と逃げたんです。うちとはもう関係ありません」 「男と逃げた?」 小谷警部補が眉を寄せた。 信じていないと思ったのか、母はむきになって声を張り上げた。 「そうです!恥知らずな子です。水城家には、もうあんな娘はいません!あの子、外で何か問題でも起こしたんですか?借金なら、うちには関係ありませんからね。身内だからって、肩代わりするつもりはありません!」 母は自分の体面を守ろうと、必死で私との関係を否定した。 その頭の中では、私がどんな厄介事を持ち込んだのかと、もう計算を始めているのだろう。 私は宙に浮かびながら、思わず笑いそうになった。 お母さんの想像力って、本当にそれくらいなんだね。 小谷警部補は騒ぎ立てる母に取り合わなかった。 しばし沈黙したあと、かばんから書類を取り出した。 「日和さんが家を出たというお話ですが、それは事実ではありません」 母の前に、死亡診断書の写しと身元確認に関する書類が差し出された。 「日和さんは半月前、交通事故に遭いました。病院へ搬送されましたが、死亡が確認されています」

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