プロモーションを読み込み中...
夫を賭けた勝負に、私は負けた
須賀玲奈(すが れな)の夫・正樹(まさき)には、長年、心から想い続けている女性がいた。 その女性の名は、水野花織(みずの かおり)。 長いあいだ海外で暮らしていた彼女だが、ある日、ようやく帰ってきた。 そして、帰国して真っ先にしたことは――玲奈に一つの「賭け」を持ちかけることだった。 その賭けの内容は、こうだ。 正樹が花織と玲奈、どちらか一人のそばにいなければならない場面で、9回、花織を選んだなら――その時は、玲奈が正樹と離婚し、彼を花織に譲る。 玲奈は、その賭けを受け入れた。
チャプター (1)
第1話
須賀玲奈(すが れな)の夫・正樹(まさき)には、長年、心から想い続けている女性がいた。
その女性の名は、水野花織(みずの かおり)。
長いあいだ海外で暮らしていた彼女だが、ある日、ようやく帰ってきた。
そして、帰国して真っ先にしたことは――玲奈に一つの「賭け」を持ちかけることだった。
その賭けの内容は、こうだ。
正樹が花織と玲奈、どちらか一人のそばにいなければならない場面で、9回、花織を選んだなら――その時は、玲奈が正樹と離婚し、彼を花織に譲る。
玲奈は、その賭けを受け入れた。
第1話
とうとう、9回目がやってきた。
花織から「今すぐ来てほしい」という電話がかかってきただけで、正樹は玲奈を人通りの少ない郊外に置いていこうとした。
「悪い、玲奈。ちょっと急用ができたんだ。ここで降りてもらって、タクシー拾って帰ってくれる?」
悪びれる様子もなく、正樹はそう言った。
外では、激しい雨が降り続いている。そして、玲奈はまだ生理中。
彼女が何か答えるより前に、正樹は傘を取り出し、その手に押しつける。
一刻も早く花織のもとへ行きたい。その気持ちが、隠しきれないほど顔に出ていた。
「家に着いたら、連絡してくれ」
それだけ言うと、正樹は玲奈を車から降ろした。そしてカーナビに花織の家の住所を入力する。
それを見た玲奈は、胸の奥がずきりと痛んだ。
正樹が運転するスポーツカーは雨の中を走り去っていく。
斜めに降りつける雨が、あっという間に玲奈のスカートの裾を濡らした。冷たい夜風が容赦なく頬を打ち、身体の芯まで凍えそうになる。
タクシーを捕まえることができず、玲奈は、ただひとり歩き続けた。
雨の中を歩けば歩くほど、靴擦れがひどくなっていく。気づけば、足元は血で赤く染まっていた。
数時間後、玲奈はようやく、家の近くへたどり着いた。
生理ナプキンの交換ができず、スカートにも血が滲んでいたことに気づく。玲奈は痛む下腹部を押さえながら、その場に崩れ落ちた。息をするだけでも苦しい。
雨のせいで視界が滲む。その向こうから、ひとりの女性が傘を差して歩いてくる。
花織だった。
玲奈の前まで来ると、花織は満足そうに微笑んだ。
「あら、辛そうね。私の賭けを受けたこと、後悔してるんじゃない?
まあ、玲奈のことだもの。きっと、どこかで期待してたんでしょ?長い間正樹と一緒に暮らしてきたんだから、少しくらいは自分のことを気遣ってくれるんじゃないかって。
でも、残念だったわね。正樹にとって、一番大切なのはいつだって私よ。あなたが私に敵うはずなんて、ないもの」
玲奈はふらつきながら、ゆっくりと立ち上がった。だが、その真っ青な顔に、悲しみも怒りもなかった。
「……これで9回目だね。あなたの勝ちだよ。約束どおり、私は正樹と離婚する」
それだけ告げると、玲奈はふらつく足で歩き出した。雨が降り続く中、家へ向かって歩いていく。
その道すがら、過去のことが、次々と胸の奥から蘇ってきた。
玲奈と花織は、大学時代のルームメイトだった。
大学1年の頃、花織が開いた誕生日パーティーで、玲奈は正樹に出会った。
正樹に会った瞬間、そのどこか近寄りがたい気品と、凛とした冷たさをまとった姿に、玲奈は目を奪われた。胸が、どうしようもないほど高鳴った。
その日、花織は幼馴染みである正樹をみんなに紹介し、その直後、新しい恋人を紹介した。
相手は、校内でも有名な不良だった。
そのことを聞いた時の正樹の顔を、玲奈は今でも覚えている。驚きと落胆が入り混じり、冷静さを失った、あまりにも痛々しい表情だった。
正樹は花織のことが好きなのだと、あの表情を見て、玲奈は分かった。
けれど、花織は昔から刺激を好む性格だった。一緒に授業をサボって遊んでくれたり、無茶な運転に付き合ったり、危険を顧みず、スリルのある毎日を楽しんでくれる相手がよかった。
そんな無鉄砲な不良に惹かれる一方で、何かと口を出してくる正樹のような堅物は、どうにも好きになれなかった。
「いちいちうるさい」と言って、正樹を遠ざけ続けた花織は、とうとう彼から逃げるために、玲奈の気持ちを知ると、それを利用するようになった。
玲奈と正樹が会えるように仕向け、2人で食事をする機会を作る。何かと理由をつけては、正樹を玲奈のほうへ押しやった。
花織への想いを断ち切れずにいた正樹が、最初こそ玲奈との接触を頑なに拒んでいたが、次第に受け入れるようになり、そして、大学3年の頃、2人は花織の思惑どおり恋人になった。
それから2年後、正樹のほうから玲奈にプロポーズした。
結婚してからの3年間、2人は互いを尊重し、穏やかで温かな毎日を過ごしていた。
玲奈は、きっとこのまま正樹と年を重ねていくのだと思っていた。
しかし1ヶ月前、花織が海外から戻った。玲奈を呼び出し、とある「賭け」を持ちかけた。
「玲奈、私ね……やっぱり後悔したの。正樹とやり直したい。あなたたち、知り合ってもう9年になるでしょう?だから、一つ賭けをしてほしいの。
私とあなた、どちらか一人のそばにいなきゃいけない場面で、9回、正樹が私を選んだなら、あなたの負け。そうなったら、正樹と離婚して、私に返して」
理不尽な賭けだったが、玲奈はそれに応じた。
正樹が今でも花織が好きなのか、それを確かめたかった。
そして――
その答えを、玲奈は自分の目で見ることになる。
花織から連絡があったたび、正樹が躊躇うことなく自分を置き去りにし、彼女のもとへ向かった。
1回目は、結婚3周年の記念日だった。
正樹が天体や地理に興味を持っていることを知っていた玲奈は、ずっと前から場所を下見し、2人で流星を眺められるよう、山の上でのピクニックを計画していた。
けれど、約束の場所へ向かう途中、正樹のもとに花織からメッセージが届いた。それだけで、正樹は玲奈を山の上に残し、引き返した。
その夜、玲奈は冷たい風に吹かれながら、朝までひとりで過ごした。
2回目は、玲奈が虫垂炎になり、手術を受けることになったとき。手術が始まる直前、正樹は花織がチンピラたちに絡まれていると知り、玲奈のそばを離れた。そして、そのまま1週間姿をくらました。
手術の同意書に署名したのは玲奈自身。手術を終え、傷の痛みに耐えながら、検査も、食事も、全部ひとりで済ませた。
3回目は、祖母の葬儀の日だった。よりによって、葬儀の最中に正樹は姿を消した。花織と食事をするためだった。
正樹が玲奈を置いていくたびに、玲奈の胸の奥にあった愛情は少しずつ削られていった。そして9回目を迎える頃には、もう何も残っていなかった。
――これだけ長く一緒にいても、正樹は花織を忘れられなかった。
玲奈は、完膚なきまでに負けた。
だから、約束どおり負けを認めることにした。
家に戻ると、玲奈はシャワーを浴びた。濡れた身体を温め、肌触りのいい部屋着に着替えてから、キッチンに立ち、ホットココアを作った。
それを少しずつ口にすると、冷え切っていた身体にようやく血が巡ってくる。
そして、賭けに応じた日に用意していた離婚届を取り出した。そこに自分の名前を書き入れると、花織を家に呼び、彼女に書類を渡した。
「これ、正樹にサインしてもらって。提出は私がやるけど、1ヶ月後にしてもいい?色々片付けないといけないこともあるから」
花織は少し眉を上げた。「いいけど……どうして私に?」
「私から離婚の理由を説明するの、面倒だから。花織がお願いすれば、正樹は確認もせずにサインしてくれるでしょ?」
その言葉を聞いた途端、花織の口元に得意げな笑みが浮かんだ。玲奈から離婚届を受け取ると、いかにも優しい顔で言う。「わかった。1ヶ月後に、提出をお願いね。玲奈も、そんなに落ち込まないで、またいい人を紹介してあげるから」
「うん、お願い」
あまりにもあっさり返ってきた返事に、花織の目がわずかに揺れた。
「……本当にいいの?正樹のこと、もう吹っ切れた?」
玲奈は小さく笑った。けれど、その笑みにはどこか苦いものが滲んでいた。
「私、今まで本気で好きになったのは正樹だけだったけど、結局、振り向いてもらえなかった。9回もチャンスをあげたのに、彼は一度も私を選ばなかった。このままいつまでも彼にしがみついているなんて……さすがに、諦めが悪すぎるでしょ」
玲奈は花織を見つめた。
「だから、もう終わり。これからは、自分のために生きるの」
その言葉が落ちた直後、玄関の扉が開いた。
帰宅した正樹は、リビングにいる花織に気づくと、足を止めた。
「……花織?さっき病院に送ったばかりだろ?どうしてここに?」
足を捻り、病院に送ってほしいと連絡したのが、正樹の気を引くための芝居だったことなど、花織が口にするはずもない。
彼女は何食わぬ顔で、離婚届を別の書類の間に挟み、正樹に差し出す。
「正樹に用があって来たの。ここの書類、サインしてくれない?役所の手続きで、代理人になってほしくて」
正樹の視線は、書類よりも花織に向いたままだった。そして、どんな書類なのか確かめようともせず、花織に示された場所へペンを走らせる。
さらさらと署名を書き終えてから、正樹はようやく書類へ目を落とした。
「真ん中の1ページ……ちょっと変わったフォーマットだったけど、あれは何の書類だった?」
花織は一瞬、正直に答えようとした。
けれど、ふと何かを思いついたように目を細めると、すぐに満面の笑みを浮かべた。
「あれはね……玲奈と一緒に用意した、とっておきのプレゼントなの。どんなプレゼントなのかは、1ヶ月後のお楽しみってことで!正樹、きっと喜ぶと思うよ」
第2話
それを聞いた正樹は、珍しく興味を持った。詳しく見ようとしたが、花織が先にその書類を玲奈へ差し出し、席を立った。
「じゃあ私はこれで。おやすみ」
正樹の興味は、あっという間に花織のほうへ向いた。
「送っていくよ」
しかし、花織は首を横に振った。そして、意味ありげな視線を玲奈へ向ける。
「ううん、大丈夫。玲奈と一緒にいてあげて……もう時間もあまり残ってないしね」
「時間がない?」
正樹は眉をひそめた。その言葉の意味を問いただそうとしたが、花織はもう扉を開けた。
正樹は反射的に車のキーを手に取った。
「玲奈、花織を送ってくる。すぐ戻るから」
それだけ言い残して、花織の後を追う。
バタン――
扉が閉まった。
部屋に入ってから出ていくまで、正樹は一度も玲奈を見なかった。
しかし、玲奈はもう慣れていた。こんなことで傷つくこともない。
彼女は静かに離婚届をしまい、寝室に入った。
明かりを消し、布団に入ると、ゆっくりと目を閉じる。
やがて、玲奈は眠りに落ちていった。
それから30分ほど経った頃、玄関のほうから物音がした。しばらくして、部屋の明かりがつく。
玲奈が眠たげに目を開けると、正樹が引き出しを開け、コンドームの箱をいくつかしまっているところだった。
そのまま正樹は玲奈のもとへ来ると、彼女を抱き寄せた。耳元に、温かな吐息がかかる。
「前は毎晩、俺が帰ってくるまで起きて待ってくれてただろ?今日は、ずいぶん早く寝たな」
――それは、もう昔のこと。
これから先は、二度としない。
玲奈は胸の内でそう呟きながら、適当な理由を口にした。
「生理だから、ちょっと具合が悪くて」
郊外で玲奈を置き去りにしたことを思い出したのか、正樹は申し訳なさそうに言う。
「……ごめん。生理のこと、忘れてた」
玲奈は、静かに問い返した。「覚えてたら……私を置いていかなかった?」
その問いに、正樹は言葉に詰まった。
部屋には、しばらく沈黙が落ちた。やがて正樹が、低い声で言い訳する。
「本当にごめん。今日、花織が足を捻ったんだ。あいつは小さい頃から痛がりだったから、つい焦っちゃって……
約束する。もう二度と、こんなことはしない」
――これで、もう9回目なのに?
玲奈の目に、自嘲するような笑みが浮かぶ。「うん、分かった」
似たようなことはもう二度と起きないだろう。なぜなら――
正樹とは、もうすぐ離婚するのだから。
……
翌朝。
玲奈が目を覚ますと、枕元にぬるめのお湯と痛み止めが置かれていることに気づく。
「おはよう、玲奈。薬を飲んだら、朝ごはんにしよう」
朝食を運んできた正樹が、いつものように声をかける。花織が帰国する前は、毎日のように見ていた光景だった。
あの頃の玲奈は、これが愛なのだと思っていた。
だからこそ、花織の賭けに応じた。
けれど、結果は惨敗だった。
玲奈は、いつものように「ありがとう」と答えなかった。ベッドから起き上がると、クローゼットから服を取り出す。
「ごめん、あまり食欲がないから。このあと出かける予定もあるし、正樹は先に食べて」
身支度を整え、バッグを手に取って玄関へ向かう。
すると正樹も上着を手にした。
「出かけるなら、送るよ」
断りきれず、仕方なく玲奈は頷いた。
車に乗り込んで、玲奈はすぐに気づいた。
バックミラーに吊るしていたお守りがなくなっている。代わりに、可愛らしいうさぎのキーホルダーがぶら下がっていた。
さらに、ダッシュボードに置いていた木製の人形も消え、うさぎのぬいぐるみがずらりと並べられている。
玲奈の視線に気づいた正樹が、すぐに口を開いた。
「昨日、路肩に車を停めたまま窓を閉め忘れてたんだ。雨で玲奈が置いてくれた人形が濡れちゃって、秘書に片付けさせたんだけど、そのついでに新しいのに替えたらしい」
――秘書に片付けさせた?
玲奈は、花織がこういうぬいぐるみを昔から大好きだったことを覚えている。
家には、うさぎのぬいぐるみだけを集めた部屋まであった。
けれど、玲奈は何も言わなかった。ただ、静かに尋ねる。
「じゃあ、あのお守りは?武田山の神社から授かったものだったけど……返してくれる?」
正樹の表情が、一瞬だけ固まった。
「ごめん、秘書が間違えて捨てたみたいだ。探させるから、待っててくれる?」
まだ、そんな言い訳をするんだ。
玲奈は、すごく疲れたような気がした。
「捨てたなら仕方がない、もういいよ」
「……え?」正樹が、意外そうに玲奈を見る。
「本当にいいのか?」
玲奈は小さく頷いた。
「うん。もう、いらない」
お守りも。この結婚も。そして――正樹も。
もう、全部いらない。
……
今日は同窓会の予定だった。
店に着くと、玲奈はそのまま個室へ向かった。
部屋にはすでに大勢の同級生が集まっている。玲奈の姿に気づくと、あちこちから声が飛んできた。
「玲奈、今日は一人?正樹さんは連れてこなかった?仕事が忙しいのかな」
玲奈が答えるより先に、中央に座っていた花織が、何気ない様子で口を挟んだ。
「午前中は会議があるらしいの。11時くらいまでかかるって言ってた。午後からは取引先と商談があるみたいだし、たぶん今日は時間ないんじゃないかな」
正樹の予定を、まるで自分のことのように把握している。
それを聞いた同級生たちは、半ば冗談めかして笑った。
「やっぱり幼なじみってすごいね。お互いの予定まで全部把握してるんだ」
第3話
「そういうわけじゃないよ」花織はグラスを持ち上げ、軽く揺らしながら小さく笑った。「昨日の夜、正樹が私を家まで送ってくれたとき、本人から聞いただけ」
「へえ、今でも頻繁に会ってるんだ。さすが、子供の頃から一緒に育った仲だよね」
誰かが笑いながら玲奈を見る。
「それにしても、玲奈は懐が広いよな。正樹と花織の関係を昔から知ってるし、全然気にしてないんだろ?これが他の奥さんだったら大変だぞ。正樹が昔、毎日のように花織を追いかけ回してたなんて知ったら、嫉妬で大騒ぎするんじゃないか?」
「何言ってるんだよ」別の誰かが笑って割って入る。「今の玲奈は社長夫人だぞ。家庭が円満、夫婦仲も良好。そもそも正樹と玲奈をくっつけたのは花織だったんだから、玲奈が花織に嫉妬するわけないだろ?
それに、花織が本気で正樹と付き合いたかったなら、とっくにそうしてるって。だって、みんなも知ってるだろ?正樹は昔から花織の言うことだけは聞くし、ずっと一途だったじゃん」
その言葉を聞いて、花織はますます得意げな表情になった。
「そうね、あの頃は本当に楽しかった。私が『玲奈を口説いてよ』って言ったら、正樹はその通りにするし。プロポーズだって、私が何度も背中を押したから、『ずっと恋人のままじゃ世間体が悪いよね』って思い始めて、踏み切ったみたい」
花織はくすりと笑った。
「事情を知らない人が見たら、私が正樹に無理やり結婚を迫ったみたいよね」
その瞬間、玲奈の胸が強く締めつけられた。
自分が傍で支え続けていたから、正樹がプロポーズしてくれたんだと、ずっと信じていた。
けれど違った。自分たちの結婚でさえ、花織が背中を押したから実現したのだ。
胸の奥に、何か重たいものが詰まったようで、うまく息ができない。
部屋では、みんなが楽しそうに話を続けている。けれど、玲奈はこれ以上その場にいられなくなった。
何も言わずに立ち上がり、逃げるようにトイレへ向かった。
気持ちを落ち着かせてから部屋へ戻ると、みんなはゲームを始めていた。
ちょうど花織が負けたところだった。罰ゲームとして、カードを引かされた。
引いたカードは――「真実」。カードに書かれた質問に正直に答えるというルールだ。
誰かがカードの質問を読み上げる。
「あなたの人生で、一番長くあなたを想い続けている人は誰ですか?その人について具体的に話してください」
その言葉を聞いた瞬間、玲奈のまつ毛がかすかに震えた。そして、そっと視線を逸らす。
花織は昔を懐かしむように笑いながら、ゆっくりと口を開いた。
「そうね……一番長いのは、あの人かな。彼、7歳の頃から、ずっと私のことを追いかけてきたの。今じゃ、もう20年近くになるんじゃない?
まだ十代の頃にはね、一族でお嫁さんにしか渡さないっていう指輪まで、私にくれたの。『俺が好きなのはお前だけ』って言ってくれた。
私に恋人ができたって知るたびに、昼も夜も構わず飲んでたっけ。そのせいで、胃まで悪くしたのよ。
それにね、私が海外へ留学していた頃なんて、毎週のように飛行機に乗って会いに来てくれた。私が好きなお菓子やスイーツをたくさん持ってきてくれて、ずっとそばにいてくれたの」
一つ、また一つ。
花織の口から語られる「その人」の話を聞くたびに、玲奈の胸の奥で何かが大きく揺れた。
――一族でお嫁さんにしか渡さない指輪。
結婚するとき、正樹の母親が言っていた。「一族で代々受け継がれる指輪を玲奈に渡しなさい」と。けれど正樹は、どこか気まずそうに「無くした」と答えた。
それから、正樹は、時々ひどく酔った状態で帰ってきた。理由を聞くと、決まって「接待」だと答えた。玲奈は何も追及せず、ただ二日酔いで苦しむ正樹を看病した。
さらには、大切な記念日になるたび、正樹は決まって海外出張へ行った。玲奈は何も疑わず、スーツケースを用意して荷物を詰め、正樹が好きだと言っていたお菓子や、仕事の合間につまめるものまで買い込んでいた。
そうして、玲奈がこの結婚にすべてを捧げていた頃、正樹はずっと花織を追い続けていた。
それなのに、玲奈は何も知らなかった。
胸が痛い。息をすることさえ苦しくなる。
そんな玲奈をよそに、話を聞き終えた同級生たちは興奮したように声を上げた。
「花織、その人って結局誰なの?私たちも知ってる人?」
「そこまで一途に想われたら、さすがに花織も心が動いたんじゃない?もし付き合うことになったなら、絶対紹介してよ!」
みんなが口々に尋ねる。
花織は、意味ありげに玲奈へ視線を向けた。その唇に、薄い笑みが浮かぶ。
「いいよ。来月には連れてくるね」
花織がそう言った直後だった。
ガチャリ、と個室の扉が開く。
「誰を紹介するって?来月になるのか?」
笑いながら入ってきたのは、正樹だった。
「花織、用事ってもう終わった?今日、一緒にコンサートに行く約束……」
その視線が玲奈を捉えた瞬間、正樹の声が、ぴたりと止まった。目の奥に、驚きと戸惑いが浮かぶ。
「……玲奈?なんでここに?」
玲奈の脳裏に、今朝のことが蘇った。正樹は玲奈を店の近くまで送ったあと、こう言っていた。
――今日は夜中まで残業になりそうだから、待たなくていいと。
「残業」というのは、花織とコンサートへ行くことだったのか?
玲奈は苦笑し、正樹の視線をまっすぐ受け止める。「見ての通り、大学の同窓会に来てるの」
「……そうか」正樹は、何度か頷いた。
気まずそうに話題を変える。
「じゃあちょうどいい。帰り、俺が送るよ」
玲奈はスマホを取り出し、配車アプリを開いた。
「いい、タクシーで帰るから。正樹は花織とコンサートに行っておいて」
第4話
玲奈がカバンを手に、店の外へ出た。
道路脇まで歩いたところで、後ろから花織が追いかけてきた。
「玲奈、怒ったの?」花織は玲奈の手を掴んだ。「だったら、コンサートのチケットを譲るよ。あなたたち、あと1ヶ月しか残ってないんだから、最後の思い出くらい作っておけば?別れてから後悔しても遅いからね」
玲奈は、掴まれた手を静かに引き抜いた。そして、数歩と後ろへ下がる。その顔に、もう感情らしいものは浮かんでいなかった。
「いらない。離婚したら、全部忘れるから。正樹と作りたい思い出も、もうないし」
「そんなこと言わないでよ。確かに、正樹とあなたが付き合い始めたのは、私が無理に背中を押したからだけど、あなたが正樹の面倒を見てくれたおかげで、私も少し楽になった部分はあるし。
正樹に愛してもらえないのは仕方がないけど、せめて、幸せな結婚生活の思い出くらいは残したら?私だって、そのくらいの手助けをしたい。冷たい人間だって思われたくないからね」
花織は、いかにも心配しているような顔で玲奈を慰めながら、再びその手を掴んだ。
2人はその場でもみ合うようになり、迫ってくる車の存在に気づかなかった。
けたたましいクラクションが鳴り響く。
振り向いたときには、もう避ける時間など残されていなかった。
「花織!」
咄嗟に駆け出した正樹が、花織を抱きかかえるようにして道路脇へ引き寄せる。
その一方で――
玲奈の身体は、車に激しく撥ね飛ばされ、そのまま地面へ叩きつけられる。
ドンッ――!
凄まじい衝撃音が響いた。
玲奈の口からも、鼻からも、鮮血が溢れ出す。赤い血は地面に広がり、やがて小さな水たまりのようになった。
全身の骨がばらばらになったようだった。手足の先まで激痛が駆け抜け、身体が痙攣する。
痛い。
息もできないほど、痛い。
視界が滲み、意識が少しずつ遠のいていく。
そんな中、玲奈の目に最後に映ったのは――怯えきった花織を、正樹が必死になだめている姿だった。
そして――玲奈の意識は、闇の中へ沈んでいった。
どれほど時間が経ったのだろう。全身を走る鈍い痛みに、玲奈はゆっくりと目を開けた。
どうやら、自分は病院にいるらしい。ぼんやりと目を動かすと、すぐそばに正樹の顔があった。
ひどく心配そうな表情を浮かべている。
「玲奈、気分はどうだ?数日間、ずっと意識が戻らなかったから、すごく心配したんだ」
その必死な声を聞きながら、玲奈は薄く目を細めた。
思い出したのは、意識を失う直前に見た光景。
――なんて可笑しいのだろう。
間一髪のあの瞬間、正樹は自分ではなく、花織を助けた。自分が血だまりの中に倒れていても、少しも動じなかった。
それなのに、今さら「心配している」なんて、よく言えたものだ。
玲奈は小さく息を吸い、掠れた声で言った。
「……私は大丈夫だから、花織のところへ行ってあげて」
正樹の表情が、一瞬だけ固まった。玲奈が、自分が彼女を助けなかったことを気にしているのだと思ったらしい。
「花織なら無事だ。お前こそ、大怪我をしたし、俺がそばにいるのは当然だろ」
玲奈は、静かに首を横に振った。
「……もう、疲れたの」
それだけ言うと、目を閉じる。
正樹もそれ以上は何も言わず、玲奈の肩まで布団を掛け直し、枕元に水を置いた。そして、胃に優しい食事も注文した。
その後、電話がかかってきたようで、正樹は「会社でトラブルがあったみたい。また明日来るから」と言って、病室を出た。
玲奈は目を閉じたまま、何も答えなかった。
しばらくして、看護師が回診に訪れた。
正樹が入院に必要なものを一通り揃えているのを見て、看護師は羨ましそうに言った。
「優しい旦那さんがいて、幸せですね」
玲奈は、何も答えなかった。
用意された昼ごはんに手をつけようとした時、スマホが鳴る。
花織からのメッセージだった。
【ごめんね。あの日事故がちょっとトラウマになってて、正樹に連絡したの。今、一緒にご飯を食べてるところ。これから遊園地にも連れて行ってくれるみたい。夜は映画を観る予定。玲奈は病院でゆっくり休んでね】
添えられていた写真には、市内でも有名な料亭の料理が写っていた。
テーブルに並べられているご馳走と一緒に、正樹の手も写っている。花織のために、料理を取り分けているところだった。
玲奈は写真をしばらく眺めると、たった一言だけ返した。
【楽しんできて】
それから1週間。
正樹は毎日一度、病院へ顔を出した。けれど、玲奈のそばにいるのは十数分ほど。少し話をすると、すぐに帰っていった。
その一方で、花織からは毎日のようにメッセージが届いた。
2人がどこへ行ったのか、何をしたのか、まるで玲奈に見せつけるように、写真まで添えられている。
海辺へ夕日を見に行った。浜辺で貝殻を拾い、2人の名前を砂の上に並べた。
郊外まで車を走らせ、花束や風船を買って機嫌を取った。まるで子どもをあやすように、花織が喜ぶことなら何でもしてやった。
花畑では熱気球に乗り、カメラを構えて、花織の写真を何枚も撮った。
2人の距離は、恋人同士のように近いわけではない。けれど、ただの友人と呼ぶには、あまりにも親密だった。とりわけ、正樹の花織への気遣いは細やかで、玲奈から見ても、それは明らかに特別なものだった。
友達以上、恋人未満。
そんな曖昧な距離を、2人はずっと保っている。
そして――正樹が花織にしてあげたことを、玲奈は一度もしてもらったことがなかった。
愛しているか、そうでないか。その違いは、あまりにもはっきりしていた。
だから玲奈は、改めて思った。あのとき、花織との賭けを受けておいてよかった、と。
……
最後の診察を終え、医師が玲奈に処方箋を手渡した。
「もう退院していいですよ。あとは旦那さんに退院の手続きをしてもらって、薬も受け取ってきてもらってください」
玲奈は処方箋を受け取った。そして、淡々とした口調で言う。
「あの人……もう夫ではありません。離婚しました」
その直後、病室の扉が勢いよく開いた。
「……離婚?」
驚きに目を見開いた正樹が、部屋へ入ってくる。
「誰が離婚したって?」
第5話
正樹が突然現れるとは思っていなかった。玲奈も一瞬、言葉を失ったが、すぐに平静を取り戻した。
「……友達が最近離婚したって話だよ」
玲奈の表情があまりにも淡々としていたからだろう。正樹も、それ以上深く考えなかった。
「そうか。それより、今日退院だよね?最近、新しいプロジェクトが動いてて、残業続きだったんだ。あまり顔を出せなくて、ごめん……」
平気で嘘をつく正樹を見つめ、玲奈は目を細めた。
「忙しいなら、無理して来なくていいよ。自分の面倒くらいできるから」
それは本心だった。けれど正樹には、玲奈が怒っているように聞こえたらしい。「本当にごめん。でも、仕事もだいぶ片付いたから、これからは一緒にいてあげられるよ」
そう言って、正樹は退院の手続きを済ませると、玲奈を連れて家へ帰った。
その後、正樹は「退院祝いだ」と言って、秘書にいくつものブランドバッグを用意させた。
「好きなものを選んでいいよ」
目の前に並べられた高価なバッグを見ても、玲奈の表情は変わらなかった。
「……いらない」
淡々と断る玲奈に、正樹は少し困ったような顔をした。
「なら、別のものを用意させるよ。何が欲しい?アクセサリー?洋服?……いや、どれも用意しよう。きっと、気に入るものがあるから」
そこまで言われても、玲奈の心には何の波も立たなかった。
3年間。正樹は記念日や誕生日、クリスマスになるたび、大量のプレゼントを贈ってきた。
同じようなロゴ。似たようなデザイン。気づけばクローゼットはそれらで埋め尽くされ、まるで高級ブランド品の倉庫のようになっていた。
あの頃の玲奈は、それも正樹の愛情だと思っていた。自分の好みとは少し違っていても、正樹が選んでくれたものなら喜んで受け取った。
けれど――
今日になって、ようやく分かった。
正樹は、自分が何を好きなのかすら知らない。知ろうとしたこともない。ただ、値段の張るものを選んでおけば、間違いはないと思っていただけなのだ。
だから玲奈は、今度こそはっきりと言った。
「何もいらない。これからは、こういうものを送ってくれなくていいし、正樹も、気を遣わなくていいから」
こう言われたのは初めてだ。正樹の胸の奥に、得体の知れない不安が広がっていく。
「いや、でも……玲奈は俺の家族だ。家族にプレゼントを贈るくらい、当たり前じゃないか。何をそんなに遠慮してるんだ?」
もし、もう家族じゃなかったら?
玲奈は、心の中で静かに呟いた。
――正樹、あなたは気づかないうちに、離婚届には署名したんだよ。
……
それから数日間、正樹はほとんど出かけることなく、ずっと家にいた。
玲奈もまた、少しずつ荷物を整理し始めた。
もう使うことのない化粧品や服。正樹のために買ったスーツや髭剃り。お揃いのマグカップ、一緒に撮った写真……
気づけば、処分したいものは思っていた以上に多かった。
玲奈が突然、荷物を片づけ始めたことに、正樹も驚いたようだった。理由を聞こうとしたそのとき、スマホが鳴った。
花織からの電話だと気づいた瞬間、正樹の意識はそちらへ向いた。
「……もしもし?」
電話を取るなり、正樹はそのまま部屋を出ていく。
玲奈も、画面に表示された名前は見えていた。
――花織のところへ行くのだろう。
そう思って正樹の背中を見送ると、処分したいものを全部、ゴミ袋へ放り込んだ。
片づけを終えた直後、スマホが鳴った。
正樹の秘書からだった。
「奥さん、すぐにナイトラッシュというクラブへ来てください!社長が……大変なことになっています!」
いつも冷静な秘書が、珍しく取り乱していた。
玲奈は眉を寄せたが、やはりバッグを手に取って出かけた。
タクシーを拾い、車内でナイトラッシュについて調べた。
どうやらそこは、会員制のドライビングクラブらしい。
――正樹は花織のところへ行ったはずだ。どうしてこんな場所に……
疑問を抱えたまま、玲奈は現場へ急いだ。
クラブに到着して、目の前に立つもう一人の男を見た瞬間、玲奈はすべてを理解した。
――宮川駿(みやかわ しゅん)。
花織が大学時代に付き合っていた男だ。酒と煙草を好み、喧嘩も、無茶な運転も平気でするような人物。
2人が別れたあとも、駿が何かと花織につきまとっている――そんな噂を玲奈も聞いたことがある。
おそらく、今は何かの事情で落ちぶれて、また花織に付きまとっているのだろう。
そう思った。
そして、実際のところも、それほど外れてはいなかった。
駿は正樹に、レーシングスーツを放り投げた。
「花織は、お前みたいな真面目ぶった御曹司なんか好きじゃねえんだよ。刺激のない毎日より、危険なことやスリルのあることを楽しみたい女なんだ。
お前、花織を守るとか偉そうなこと言ってたよな?だったら、俺と一勝負しろ。負けたほうは――二度と花織に近づくな」
第6話
正樹は険しい顔でレーシングスーツを拾い上げた。
「……その勝負、受けるよ」
その言葉に、周囲にいた仲間たちの顔色が変わる。
「正樹、やめろって!あいつは何年もレースをやってるんだぞ。お前は一度もサーキットを走ったことがないのに、勝てるわけない!」
「そうだよ。もう結婚してるんだろ?花織のために、そこまで命を張る必要があるのか?もし本当に何かあったら、玲奈はどうするんだよ!」
口々に止められても、正樹はまるで聞く耳を持たなかった。「玲奈」という名前すら、聞こえていないかのように、正樹はただ、少し離れた場所に立つ花織へ視線を向けた。
そして、まっすぐに言い切る。
「俺は負けない。花織が欲しがってる刺激くらい、俺だって与えてやれる」
その声は、みんなの胸に響くほど力強かった。
玲奈の瞳が、かすかに揺れる。気づけば、固く拳を握りしめていた。
そのとき、正樹の仲間たちが玲奈の姿に気づいた。
正樹を説得してほしいと言って、玲奈を準備室に連れて行こうとする。
準備室の前まで来ると、玲奈の胸は激しく波打っていた。
レースのことなど、何も分からない。それでも――正樹に勝ち目がないことだけは、分かっていた。
何年もレースを続けてきた男と、いきなり命懸けの勝負をするのだ。下手をすれば、二度と生きて帰ってこられないかもしれない。
玲奈は、もう正樹と別れると決めている。この先、どんなことがあっても、振り返るつもりはない。
それでも――目の前で正樹が命を懸けようとしているのを、ただ黙って見ていることはできなかった。
玲奈はしばらく迷った。やがて意を決すると、ゆっくりと手を上げる。
扉を開けようとした、その瞬間――
内側から扉が開き、花織が姿を現した。
玲奈を見るなり、花織の目に意味ありげな笑みが浮かぶ。
「正樹を止めに来たのなら、やめたほうがいいよ。正樹があなたの言うことなんて、聞くわけないもの」
花織は、どこか楽しそうに笑った。
「正樹がどれだけ私のことが好きなのか、知ってる?昔ね、私が急に『家出したい』って言ったことがあったの。正樹は何の迷いもなく、私について飛行機に乗ったのよ。
連れ戻されたときだって、父親から厳しい罰を受けても、私のことをいっさい話さなかった。
高校の頃だって、私のところにたくさんのラブレターが届いてた。それをね、正樹は全部破り捨てたの。ラブレターを書いた相手を別のクラスに移らせたり、転校させようとしたりもした。
私のために何人もの男子と喧嘩して、全身血だらけで病院に運ばれたことだってあるのよ。
だから、正樹にとって、玲奈はただの『候補』なの。私と付き合えないから、仕方なくあなたを選んだだけ。そんなあなたの言葉を聞いても、正樹が試合を諦めるわけないでしょ?」
花織の目に浮かぶ優越感を見て、玲奈の胸の奥が鋭く痛んだ。
「そこまで正樹に愛されてるなら――花織はどうなの?正樹と一緒になると決めたんでしょう?あの人が絶対に勝てないことも、下手をすれば命を落とすことも分かってるのに……どうして止めないの?」
花織は、一瞬きょとんとした。それから、まるでひどく可笑しいことを言われたように、鼻で笑った。
「どうして止めるの?男の人が、自分のために理性も捨てて、命まで懸けようとするのを見るのって……結構、面白いと思わない?私が正樹を選ぶって決めた以上、彼がどれだけ私を愛してるのか、ちゃんと証明してほしいじゃない。
私のためなら、命まで捨てられる。そこまで愛してるって証明できる絶好の機会だと思わない?」
そして、玲奈を見て薄く笑った。
「まあ、あなたには分からないよね。だって正樹が、あなたのために命を懸けることなんて――絶対にないもの」
花織の言葉が、まるで鋭い矢のように玲奈の胸を突き刺した。
言い返したいことは、いくらでもあった。けれど、喉まで込み上げてきた言葉は、唇を開いても一つとして声にはならない。
そんな玲奈の表情を見て、花織は満足そうに笑った。そして、玲奈の手からスマホを取り上げ、そのまま正樹へ電話をかけた。
「まだ諦めきれないなら、試してみようよ。正樹に電話して、『今、事故に遭って手術をしないといけない』って言ってみて。それで、正樹がこのレースをやめるかどうか、みんなで見届けよう?」
プルルル……
長い呼び出し音が、静かな廊下に響き渡る。
やがて――
「もしもし?玲奈?」
正樹が電話に出た。
けれど、玲奈が口を開くより先に。
「悪い、今ちょっと会議中なんだ。用があるなら、帰ってから聞くよ」
それだけ言って、電話は切れた。
暗くなっていく画面を、玲奈は呆然と見つめた。宙に浮いたままだった手が、力なく落ちる。
彼女は俯く。口元に浮かんだのは、どこか吹っ切れたような、静かな笑みだった。
「……また、花織の勝ちだね」
第7話
曲がりくねったサーキットを、2台のレーシングカーが激しく競り合っていた。
抜きつ抜かれつ、互いに一歩も譲らない。
玲奈は観客席から、モニターに映し出された2台の速度を見つめていた。
正樹の車は、常に最高速度を叩き出している。
それでも、速度を上げたり落としたりしながら、まるで余裕を失わない駿を引き離すことができない。
レースに詳しくない玲奈にも分かった。駿は、まだ本気を出していない。余裕綽々のまま、わざと正樹を煽っているのだ。
けれど正樹は、それに乗ることなく、ひたすら前だけを見ていた。
そして最終ラップ。
正樹は、アクセルを限界まで踏み込んだ。
それでも――駿の車との距離を大きく縮めることができなかった。
駿は、コーナーへ入るたびにあえて外側のラインを選び、正樹との距離を縮めてくる。まるで、いつでも追い抜けると言わんばかりに。
あまりにも露骨な挑発に、観客席からため息が漏れる。
「もう無理だろ」
「正樹じゃ勝てないって……」
誰もが、勝負は決まったと思った。
玲奈も静かにバッグを手に取った。ここにいる理由はないと思ったからだ。
席を立ち、その場を離れようとした――そのとき。
背後から、耳をつんざくような絶叫が上がった。
玲奈は思わず振り返る。
最後のコーナーで、正樹の黒い車がまるで狂ったような勢いで、駿の車へ突っ込んでいた。
駿は衝突を避けるため、ハンドルを大きく切り、白い車体がコースを飛び出す。
その隙を突いて、正樹はアクセルを踏み抜き、ゴールへ駆け抜けた。
だが、速度を落としきれず、そのままガードレールへ激突し――
車体が横転し、何度も地面を転がった。フロント部分は無残に潰れ、次の瞬間には炎まで上がった。
観客席から、一斉に息を呑む音が漏れた。
まさか、正樹は勝つためにここまでやるなんて。
そのとき、さっきまでどこか退屈そうにしていた花織が、悲鳴を上げながらコースへ駆け込んでいった。
炎上した車から、血まみれになった正樹がふらつきながら降りてくる。それでも倒れることなく、花織のもとへ歩いていった。
そして、その肩を抱くようにして駿の車の前まで花織を連れていく。
正樹は高く片手を掲げた。勝者だけが見せる、誇らしげなポーズだ。
「宮川、お前の負けだ。もう一生、花織に近づくな!」
玲奈は、遠くからその姿を見つめていた。
知り合って、9年。正樹はいつだって冷静で、気高くて、何事にも動じない人だった。
そんな彼が――血を流しながら、それでも生き生きとした表情を浮かべている。
玲奈が初めて見た、そして二度と見ることのない、正樹の姿だった。
山を揺るがすような歓声が、会場いっぱいに響き渡る。その熱狂に背を向けるように、玲奈は何も言わず、静かに踵を返した。
もう、未練はない。
……
深夜になっても、正樹は帰ってこなかった。玲奈のもとに届いたのは、1通のメッセージだけ。「1週間ほど出張になった」という内容だった。
それからほどなくして、花織からも写真が送られてきた。正樹が花織や何人かの友人たちと、祝杯を上げている写真だった。
【正樹、勝負に勝ったお祝いで、海外旅行へ連れてってくれるんだって】
玲奈は、そのメッセージをしばらく眺めてから、たった一言だけ返した。
【わかった】
その1週間を利用して、玲奈は荷物を整理した。そして、これからの旅の予定を細かく書き出していく。
一つずつ予定を組み終えると、まずは実家へ帰るための航空券を予約した。
しばらくして、航空会社から確認の電話が入った。玲奈は内容を一つずつ確認し、最後に自分の予約を繰り返した。
「間違いありません、1週間後の便です」
「……1週間後の便?どこへ行くんだ?」
背後から聞こえた声に、玲奈は振り返った。いつの間に帰ってきたのか、正樹が立っている。
玲奈は向けられた彼の視線を避けるように、電話を切った。そして、正直に答える。
「実家に帰るの。両親の顔を見に」
「そうか」正樹はそれ以上、何も聞かなかった。代わりに、手にしていた綺麗な包みを玲奈へ差し出す。
「玲奈、この前、アクセサリーもバッグもいらないって言ってただろ?今回は香水を選んできた。気に入ってくれると嬉しい」
せっかく選んでくれたので、玲奈は包みを開け、香りを確かめた。そして、そっとテーブルへ置く。
「うん……いい匂いだね」
あまりにも淡々とした反応に、正樹は少し意外そうな顔をした。玲奈のそばへ歩み寄り、そっと抱き寄せる。
「最近どうしたんだ?俺が出張中、一度も連絡してくれなかったんだろ?何かあったのか?」
玲奈は少し驚いた。花織と一緒にいるのに、自分から連絡がなかったことに気づくなんて。
けれど、すぐに思い出す。
以前の自分は、道端で見つけた1輪の花まで、誰かから聞いた他愛のない噂まで、何でも正樹に話していた。
毎日、何度も。
そんな自分から3年間、毎日のように届いていたメッセージが、ある日ぱったりと途絶えたのだ。それだけ変化があれば、正樹でもさすがに気づくだろう。
そう思えば、不思議でも何でもなかった。
玲奈が黙ったままでいると、正樹は本当に彼女が気分を落としているのだと思ったらしい。
「やっぱり、何かあったんだな」
そう呟き、身を屈めて唇を重ねようとした。
けれど玲奈は、いつものように受け入れなかった。咄嗟に正樹の胸を押し返し、そのまま浴室へ向かう。
「ごめん……まだ生理中なの」
それだけ言い残して、扉の向こうへ消えていく。残された正樹は、呆然とその背中を見つめた。
……生理?
ふと、眉をひそめる。
――ずいぶん長引いたな。
第8話
翌日の夕方。
「今日はちょっとしたサプライズを用意した」と言って、正樹は玲奈を連れ出した。
着いたのは、とある高級レストランだった。店員に案内され、2人はそのまま最上階の個室へ向かう。
扉が開いた瞬間――玲奈は、わずかに目を見開いた。
部屋いっぱいに飾られた花。テーブルを彩るキャンドル。
正樹は満足そうに微笑みながら、玲奈のために椅子を引いた。
「どう?素敵だろ」
玲奈は数秒、何も言えなかった。やがて黙って椅子に腰を下ろす。
正樹はメニューを手に取ると、玲奈の好きな料理ばかりを注文していった。
料理が運ばれてくると、今度はサラダを取り分けたり、水を注いだりと、玲奈の世話を焼いた。
その夜、正樹はいつになく饒舌だった。会話が途切れないよう話題を探し、2人が付き合い始めた頃の思い出まで持ち出してくる。
「覚えてるか?付き合い始めたばかりの頃、お前は毎日俺の講義についてきてただろ?先生が不思議になって、『違う専攻の彼女を連れてくる学生なんて初めて見た』って言ったこともあったよな」
玲奈は、正樹を不思議そうに見つめた。今日の彼は、少し変わっている。
「正樹……今日、どうしたの?」
「あ……最近、玲奈があまり元気なさそうだったから。少しでも元気になってくれたらと思ってさ。あ、もう1つのサプライズはそろそろかも」
そう言って、腕時計を見ると、立ち上がって窓際のカーテンを開けた。
玲奈もつられて窓の外へ視線を向ける。
その直後だった。
ドンッ――!
夜空に大きな音が響いた。
次々と打ち上げられた花火が、鮮やかな光を散らしていく。
大きなハート型の花火を見つめ、玲奈はその場に立ち尽くした。
「……これ、正樹が?」
そう尋ねたとき、個室の扉が勢いよく開いた。
花織が大勢の友人を引き連れて入ってくる。その中には、インスタントカメラを手にした人までいた。
「カシャッ」、「カシャッ」と、玲奈と正樹の姿を何枚も撮っていく。
「玲奈、今日のデートはどう?」花織は満面の笑みを浮かべた。「満足してくれた?サプライズも、私が一生懸命考えたのよ。やっぱりドキドキした?」
その得意げな声を聞いた瞬間、玲奈の顔が強張った。
ゆっくりと隣を振り返り、正樹を見る。そして、もう一度尋ねた。今度は、声がわずかに震えていた。
「……今日のデート、正樹が用意したの?」
けれど正樹は、その声の変化に気づかなかった。軽く首を横に振り、花織へ笑いかける。「違うよ。花織がいろいろ考えてくれたんだ……どうかしたのか?」
花織は、嬉しそうに笑った。「正樹から、結婚記念日の約束をすっぽかしちゃったって聞いたから、私が色々考えてあげたの。レストランも、お花も、キャンドルもね。料理や花火も、全部私が提案したのよ。せっかくだから、忘れられない夜にしてあげたいと思って」
そこまで言って、花織はふと思い出したように尋ねる。
「そうそう、あの香水も、もう使ってくれた?あれを選ぶのに、すごく悩んだんだよね。どう?気に入った?」
――そういうことだったのか。
今日のすべてもまた、花織が用意したものだった。だから正樹は、あんなにも積極的だったのだ。
その瞬間、玲奈の脳裏に大学時代の記憶が蘇った。彼女と正樹をくっつけようと、花織がしてきたこと。
花を買わせた。遊園地へ連れて行かせた。
毎晩欠かさず「おやすみ」とメッセージを送らせた。
花織に言われるまま、正樹は一つずつこなしていった。まるでプログラムされたロボットのように。
告白の言葉でさえ、どこかぎこちなく、感情がこもっていなかった。
周囲では、花織の周到な演出を絶賛する声が飛び交っている。そんな声を聞いているうちに、玲奈の胸に深い無力感が広がっていった。
花織がここまで色々と手配したのは、きっと自分に見せつけるためなのだ。
――あなたと正樹の関係は、最初から最後まで、私が操っていたのだと。
そう思えば、始まりからそうだった。
正樹に何をさせるのか。どんなふうに自分を追わせるのか。いつ告白させるのか。
2人の間にあったはずの恋は、始まりから終わりまで、一度だって玲奈自身の意思で動いたことなどなかった。
まるで2人の人生そのものを、花織が裏で糸を引き、思いのままに操っていたかのように。
玲奈にできたのは、ただ花織が用意した筋書きに従い、その筋書きの中で与えられたものを受け取ることだけだった。
そして正樹は――
花織に言われるまま、それを嬉々として実行していた。
第9話
大勢に囲まれ、楽しげに笑う花織を見ているうちに、玲奈はとうとう耐えられなくなった。
静かに席を立ち、そのまま階段へ向かう。
だが、まだ階下へ降りきらないうちに、後ろから花織の声が追いかけてきた。
「もう帰るの?せっかく今日みたいなロマンチックなキャンドルディナーで、あなたの恋を終えることができたんだから、素直に喜べばいいのに。さっき撮ってもらった写真も、記念にあげるわ」
そう言って、花織は撮ったばかりの写真を玲奈に差し出した。
玲奈は、写真に視線を落とす。
満開のハート型の花火を背景に、正樹が玲奈の肩を抱いている。
写真だけを見れば、仲睦まじい夫婦そのものだった。
けれど――玲奈は、見逃さなかった。
正樹が見つめていたのは、カメラではない。その視線の先にいたのは――花織だった。
玲奈は、写真を受け取らなかった。ただ目の前の花織を見つめ、疲れ切った声で尋ねる。
「……どうして、こんなことをするの?離婚届を出して、正樹をあなたに譲るって、もう決めたのに」
「あら、つまらなかった?」花織は、少し意外そうに目を瞬かせる。「てっきり、玲奈が喜んでくれると思って、色々と手配したんだけどね。嫌だったのなら、もうしないわ」
そして、花織は小さく笑った。
「どうせ、これからはもう、こんなことをする機会もないんだし」
そう言って踵を返した、そのときだった。
頭上で、何かが軋む音がした。シャンデリアが、ぐらりと揺れる。
次の瞬間――
数十キロはあろうかという巨大なシャンデリアが、2人めがけて落下してきた。
玲奈は咄嗟に、両腕を頭上へかざした。
その瞬間――正樹が駆け込んできた。
轟音とともにシャンデリアが床へ叩きつけられる。
凄まじい衝撃に、玲奈の身体が弾き飛ばされた。手首から肩、首筋、背中にかけて、重いシャンデリアがのしかかる。
「……っ!」
息が詰まった。
全身を突き抜けるような激痛に、声すらまともに出せない。堪えようとしても、涙が次々と頬を伝っていく。
それでも玲奈は、震える手を必死に伸ばした。
誰かに助けを求めなければ――
そう思った、その時。
「正樹……!」
花織の泣き声が響いた。
玲奈は、ゆっくりと顔を上げる。
その視界に飛び込んできたのは――血だらけになった正樹だった。
正樹は、花織を庇っていた。自分の身体を盾にして、花織を守ったのだ。
そして――その代わりに、正樹自身がシャンデリアの下敷きになっていた。
泣きじゃくる花織が正樹の身体を抱き起こす。
「正樹、どうして……どうしていつも、私が危ない目に遭うと、真っ先に駆けつけてくれるの?
どうして、私がどれだけ突き放しても、ずっとそばにいるの?
どうして……何をしても、私のことを守ろうとするの……?」
その声を聞きながら、玲奈は薄れゆく意識の中で呟く。
――愛しているから。
視界が、少しずつ滲んでいく。身体から力が抜け、指先すら動かせなくなった。
そして玲奈は――とうとう意識を手放した。
次に玲奈が目を覚ましたとき、隣にいたのは花織だった。
花織は、テーブルの上に1枚の招待状を置いた。
「6日後は、玲奈が離婚届を提出してくれるって約束した日でしょう?その日はちょうど正樹の誕生日なの。
だから私、その日に正樹に告白するつもりよ。正樹はあんなに私のことが好きなんだもの。サプライズで告白したら、きっと喜んでくれるわよね」
それから、何でもないことのように言葉を続ける。
「正樹は頭を打って、軽い脳震盪を起こしたの。しばらくは私が面倒を見るつもりよ。もし、離婚届を提出するまでに、少しでも長く正樹と一緒にいたいなら……隣の病室に移してあげてもいいわよ」
玲奈は静かに目を閉じた。そして、穏やかな声で言う。
「……大丈夫。今、正樹が一番会いたいのは、あなたでしょうから。それに……私も、もう正樹には会いたくない」
その言葉を聞いた花織は、何かを察したように小さく頷いた。
ただ招待状を置いたまま、静かに病室を出ていった。
……
それから退院するまでの数日間、正樹から何度か電話がかかってきた。メッセージも届いた。けれど、玲奈は一度も返さなかった。
そして、退院の日。
玲奈は病院を出ると、その足で役所へ向かった。
離婚届を提出し、戸籍謄本と受理証明書をもらう。
家に戻ると、玲奈は受け取った書類をあらかじめ用意したギフトボックスへ収めた。蓋を閉じ、リボンを結ぶ。
これが、正樹への最後の贈り物だ。
荷物をまとめ、スーツケースを引いて玄関へ向かった、そのとき。ちょうど帰宅した正樹と鉢合わせた。
玲奈の手にあるスーツケースを見て、正樹が怪訝そうに眉を上げる。「今から出かけるのか?今日、俺の誕生日だろ。これからパーティーに連れていこうと思ってたんだけど……」
玲奈は、何事もなかったような顔で答えた。「急用で今日実家に帰らないといけないの」
そう言って振り返り、テーブルの上に置いていた箱を手に取る。
「これ、誕生日プレゼント。お誕生日おめでとう」
そして、ほんの少しだけ微笑む。
「急いでるから、もう行くね」
正樹が何か言うより先に、玲奈は玄関を出た。タクシーを拾い、そのまま空港へ向かう。
遠ざかっていく玲奈の背中を見送りながら、正樹はなぜか胸騒ぎを覚えていた。
――嫌な予感がする。
思わず呼び止めようとした。せめて予約を変えてもらおう。誕生日パーティーくらい、一緒に来てもらいたい。
そう思って、一歩踏み出したそのとき――スマホが鳴った。
花織からだった。
「正樹、どこにいるの?パーティーが始まっちゃうよ?」電話の向こうから、花織の弾んだ声が聞こえてくる。「今日のパーティーね、私がずっと前から準備してたのよ。正樹のために、とっておきのプレゼントも用意したの。早く見せたいから……ねえ、すぐ来てくれない?」
正樹はしばらく迷ったが、やがて車へ向かうと、エンジンをかけた。
玲奈から渡されたプレゼントはそのまま助手席に無造作に置き、誕生日パーティー会場へ向かった。
やがて会場に到着し、正樹が扉を開ける。
広い宴会場は、大勢の人で埋め尽くされている。あちこちでグラスが交わされ、華やかな笑い声が響き渡っていた。
正樹の姿を見つけると、花織がぱっと顔をほころばせた。「正樹、待ってたよ!」
小走りで駆け寄ってくる花織に、正樹は穏やかに微笑む。「待たせてごめん。サプライズを用意してくれたんだって?」
「うん」花織は嬉しそうに笑った。「きっと、正樹が喜ぶと思う」
そう言うと、花織はそのままステージへ向かい、マイクを手に取る。
そして、会場中に響き渡る声で告げた。
「皆さん、正樹の誕生日を祝うために集まってくれて、本当にありがとう!」
花織は、会場を見渡しながら、嬉しそうに微笑んだ。
「今日は、私たちにとって、とても特別な日です。もちろん、正樹の誕生日だからというだけじゃありません。皆さんに、2つの嬉しい報告があります!
1つ目は――正樹、離婚おめでとう!これまでの人生に別れを告げて、今日からあなたは、新しい人生を歩き始めるの。きっとこれから、素敵な未来があなたを待っているわ」
そう言って、花織は再び会場へ視線を向ける。
「そして――2つ目の嬉しい報告は……」花織は少しだけ頬を染めると、正樹のほうを見た。
「私、今日ここで、正樹に告白します。正樹は、ずっと昔から私のことを好きでいてくれたよね。それなのに私は、自分勝手にあなたの気持ちを振り回してきた。何度も傷つけたし……長い間、待たせてしまったよね。
でも今日、ようやく分かったの。私は、ずっとあなたのことを大切に思っていたんだって。だから、もう逃げたくない。これからは、あなたの愛にちゃんと応えたい。
正樹、これからはずっと、私と一緒にいてください」