プロモーションを読み込み中...
捨てた私に、今さら家族面ですか?
毎月15日は、私・林彩乃(はやし あやの)と林彩花(はやし あやか)が暮らす家を入れ替える日だった。 18年前、病院の不手際で、体外受精によってできた私たちの受精卵が取り違えられ、それぞれ別の母親の子宮に移植された。 真相が明らかになると、実の両親も、育ての両親も彩花を手放したくないと言った。 そこで両家は、私たちをそれぞれの家で1か月ずつ暮らさせ、毎月15日に入れ替えることにした。 それ以来、私はどちらの家からも疎まれる厄介者になった。 彩花がいる家には、お菓子も飲み物も好きなだけ用意され、毎月何万円もの小遣いが与えられた。日当たりのいい部屋も、いつだって彩花のものだった。 一方、私が行った家で出されるのは粗末な食事ばかり。あてがわれる部屋も、日の差さない物置だった。 18年後、私は尿毒症と診断され、彩花とは腎移植の適合条件を満たしていることが分かった。 育ての両親は、治療を受けない旨の同意書を私の前に投げ出した。 「ここまで育ててやっただけでも十分だ。治療費なら実の親にもらえ。うちの娘の腎臓は、絶対に渡さない」 実の両親は私の前にひざまずき、額を床にこすりつけた。 「悪かったとは思ってる。でも、あなたが死んだら、それまででしょう。彩花は私たちの命なの!」 そのとき、病院から電話がかかってきた。 「申し訳ありません。お二人の情報を再び取り違えていました。尿毒症を患っているのは、林彩花さんのほうです」 その瞬間、すべてがどうでもよくなった。 私は祖母が残してくれた金のアクセサリーを売り、アクションカメラと旅の装備を買った。 これからは孤高の旅人として、どこまでも自由に生きていく。
チャプター (1)
第1話
毎月15日は、私・林彩乃(はやし あやの)と林彩花(はやし あやか)が暮らす家を入れ替える日だった。
18年前、病院の不手際で、体外受精によってできた私たちの受精卵が取り違えられ、それぞれ別の母親の子宮に移植された。
真相が明らかになると、実の両親も、育ての両親も彩花を手放したくないと言った。
そこで両家は、私たちをそれぞれの家で1か月ずつ暮らさせ、毎月15日に入れ替えることにした。
それ以来、私はどちらの家からも疎まれる厄介者になった。
彩花がいる家には、お菓子も飲み物も好きなだけ用意され、毎月何万円もの小遣いが与えられた。日当たりのいい部屋も、いつだって彩花のものだった。
一方、私が行った家で出されるのは粗末な食事ばかり。あてがわれる部屋も、日の差さない物置だった。
18年後、私は尿毒症と診断され、彩花とは腎移植の適合条件を満たしていることが分かった。
育ての両親は、治療を受けない旨の同意書を私の前に投げ出した。
「ここまで育ててやっただけでも十分だ。治療費なら実の親にもらえ。うちの娘の腎臓は、絶対に渡さない」
実の両親は私の前にひざまずき、額を床にこすりつけた。
「悪かったとは思ってる。でも、あなたが死んだら、それまででしょう。彩花は私たちの命なの!」
そのとき、病院から電話がかかってきた。
「申し訳ありません。お二人の情報を再び取り違えていました。尿毒症を患っているのは、林彩花さんのほうです」
その瞬間、すべてがどうでもよくなった。
私は祖母が残してくれた金のアクセサリーを売り、アクションカメラと旅の装備を買った。
これからは孤高の旅人として、どこまでも自由に生きていく。
第1話
「本当に申し訳ありません。お二人はどちらも珍しい血液型で、しかも、お二人だけでなく、それぞれのお母様のお名前までよく似ていたため、検査結果を登録する際に、取り違えがあったようです。訂正がまだ済んでおりませんので、ご家族にもお伝えいただけますか」
電話を切ると、育ての両親が険しい顔で私の検査結果を見ていた。
「あの……」
私が口を開きかけると、養父が勢いよくテーブルを叩いた。
「何を言うつもりだ。うちの娘に腎臓をよこせとでも言うのか?」
喉まで出かかった言葉をのみ込んだ。
ふと、18年間娘として暮らしてきた私が、この人たちにとってどれほどの存在なのか確かめたくなった。
「先生から、腎臓は片方を提供しても寿命にはほとんど影響せず、その後も健康に暮らせると聞いた」
養母は腹を立て、しきりに涙を拭った。
「どうしてそんなに自分勝手なの?どうして彩花の健康を犠牲にしてまで、自分だけ助かろうとするのよ。よその子を18年も育てた挙げ句、こんな恩知らずになるなんて。私がいったい何をしたっていうの!」
その言葉で、頬を張られたような痛みが走った。
それでも悔しさをこらえ、言葉を続けた。
「でも、私は死ぬかもしれない」
養父は鼻で笑った。
「死ぬなら勝手に死ね。どうせ、よその家の子だ。やっぱり人間の性根っていうのは、生まれつきなんだな。彩花が尿毒症になったとしても、お前みたいに恥知らずな真似をして他人の腎臓を欲しがったりはしない!」
養母は慌てて紙とペンを取り出し、そこに「臓器提供を求めない旨の同意書」と書いた。
「腎臓は渡さない。お金が欲しいなら実の親にもらいなさい。十数年もうちに寄生してきたんだから、少しでも恥を知っているなら、どこかから飛び降りて死になさいよ。それでようやく、育ててもらった恩を返せるでしょう」
養父はすぐ、知り合いの弁護士に電話をかけた。
「こんな雑な書面じゃ、あとで抜け道を使われるかもしれないだろ。18年も育ててきたんだから、こいつがどんな人間か分かってる。きちんとした書面にしておかないと、いずれ俺たちにしがみついてくるに決まってる!」
私はその紙を見つめ、爪が手のひらに食い込むほど強く拳を握り締めた。
けれど、この人たちは血のつながった親ではない。そう思えば、まだ諦めもついた。
では、実の両親ならどうするのだろう。
そう考えた私は、二人の家へ向かった。
第2話
玄関のドアは少し開いていた。
中から、楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「お姫様、お帰り!今日からまた、ここがお姉ちゃんのお城だよ!」
弟の声だった。
彩花が帰ってくる15日は、家の中はずっと祝い事でもあるかのように華やいでいた。
玄関まで来ただけで、ごちそうの匂いが漂ってくる。
私は養母が温め直した昨日の残り物すら、一口も食べていなかった。
ドアを開けた瞬間、凍りついたように笑い声が止まった。
最初に我に返った母が、気まずそうな笑みを浮かべた。
「彩乃、どうしたの?ごはんはまだ?今、お箸とお皿を持ってくるから」
母は紙皿と割り箸を、彩花の名前が入った茶碗の横に置いた。
弟はテーブルに並んでいた豚の角煮と手羽先を、こっそり冷蔵庫にしまった。
私はその場から動かなかった。
「お母さん、検査結果は見た?」
母は一瞬固まり、聞こえなかったふりをした。
「先にごはんを食べましょう」
諦めきれず、もう一度口を開いた。
「私、尿毒症なんだよ!」
すると、父が突然声を荒らげた。
「俺たちにどうしろっていうんだ?俺たちが負い目を感じてると思って、それを盾に脅すつもりか?」
思いもよらない言葉に、私は目を見開いた。
「そんなつもりじゃない。彩花とは適合してるから、腎臓を一つ提供してもらえたら……」
母は弾かれたように、甲高い声を上げた。
「もうやめて!」
すぐに取り乱したことに気づき、無理やり笑顔を作った。
「お母さんにできることは、何でもするから。ひとまずこの2万円を持っていって、養父母に病院へ連れていってもらって。お母さんは今、手が離せないの。あとで提供者も探してあげるから」
私は彩花を見た。
母が手を離せないのは、彩花のお祝いを続けるためだった。
手に押し込まれた2万円は、まるで施しのようだった。
彩花が気まずそうに口を開いた。
「彩乃、提供したくないわけじゃないの。でも、私の夢がダンサーだって知ってるでしょう?腎臓が一つになったら、もう踊れないかもしれない」
こぼれそうになる涙を必死でこらえ、私はすがるように言った。
「私たちは珍しい血液型だから、普通の人より提供者を見つけにくいの。お父さん、お母さん。私、本当に死ぬかもしれないんだよ!」
母は突然、泣き崩れた。
「だから何なの?彩花だって私の娘なのよ!あなたを助けるためなら、彩花の夢は諦めさせてもいいっていうの?お願い、彩花は私の命なの。私から彩花を奪わないで。どうしてもというなら、お母さんの命をあげるから!」
そう言うと、母は私の前にひざまずき、何度も必死に頭を下げた。
彩花は泣きながら駆け寄り、母を抱き起こした。
そして、憎しみに満ちた目で私をにらんだ。
「彩乃、もし病気になったのが私なら、あなたや家族をこんなふうに困らせたりしない」
父が激高し、私の頬を平手で打った。
「彩花を少しは見習え!そんな身勝手な性格、いったい誰に似たんだ。よその家の娘の治療まで引き受けると言ってるんだ。それだけでも十分だろう。これ以上つけ上がるな!」
呆然としたまま、打たれた頬に触れた。
実の親からも育ての親からも、私はよその家の娘だと言われた。
では、私の家はいったいどこにあるのだろう。
力なく家を出た。
階段を下りようとした瞬間、背中を強く押された。
顔を打って血がにじみ、全身にはいくつものあざができていた。痛みに息をのんで振り返ると、そこに弟が立っていた。
弟は声を張り上げた。
「このバカ!自分の家に帰れよ。もう二度と来るな!俺のお姉ちゃんは彩花だけだ!」
そう言い捨てると、勢いよくドアを閉めた。
第3話
痛む体を引きずるようにして、街を歩いた。
傷口に涙がしみるたび、全身が震えた。
けれど、私には帰れる家がなかった。
財布にもほとんどお金がなく、公園のベンチで一晩を明かすしかなかった。
午前3時、養母から電話がかかってきた。
「すぐに帰ってきなさい。あなたのことで話し合うから」
胸の奥に、かすかな期待が芽生えた。
もしかして、考え直してくれたのだろうか。
もしそうなら、本当の検査結果を伝えて、彩花に腎臓を提供してもいい。
そうすれば私も彩花のように、二つの家族から愛してもらえるのだろうか。
私は小走りで家へ戻った。
玄関を開けると家族全員がそろっており、立会人として呼ばれた弁護士もいた。
私が何か言うより先に、養母が一通の契約書を差し出した。
「弁護士に作ってもらったから、早く署名しなさい」
契約書には、いくつもの条件が並んでいた。
私は林彩花に臓器提供を求めない。
私は両家の財産を一切受け取らない。
私の治療費は、養父母が20%、実の両親が80%を負担する。
父は契約書を見ながら、不満そうに言った。
「どうしてうちが80%なんだ。半分ずつにするべきだろう」
養父がテーブルを叩き、怒鳴り返した。
「こいつはお前の娘だろうが!俺が20%出すだけでもありがたいと思え!」
父は苛立たしげに言った。
「俺はこいつを娘だと思ってない。俺の娘は彩花だけだ」
まるで不要品の処分費を決めるように、私の治療費を巡って値踏みが続いた。
いつまでも折り合いがつかず、最後にもう一つ、条件が加えられた。
治療費が200万円を超えた場合、私は自ら治療を断念する。
母は罪悪感に満ちた顔で私を見た。
「ごめんね、彩乃。余裕があるなら、何もかも売り払ってでも治してあげたいの。でも、彩花が海外でダンスを学ぶには、まだたくさんお金がかかるし、弟も高校生でしょう。
お母さんには、本当にこれ以上出せないの。どうしてもお金が足りないなら、お母さんが身を粉にして働いてでも治療費を作るから」
彩花は慌てて駆け寄って母を止め、責めるような目を私に向けた。
「彩乃、それはひどいよ。お父さんとお母さんを、これ以上困らせないで」
その言葉を聞くと、笑いがこみ上げてきた。
私はまっすぐ彩花を見つめ、一言ずつ問いかけた。
「彩花。もし病気になったのがあなただったら、この契約書に署名する?」
彩花は一瞬言葉に詰まったが、すぐに胸を張った。
「もちろん。みんなが大変なのは分かってるもの。私が病気になったら、すぐに飛び降りる。絶対に家族の負担にはならない」
その言葉に二人の母親は涙を浮かべ、我先にと彩花を抱き締めた。
養父は愛おしそうに彩花を見たあと、嫌悪をあらわにして私をにらんだ。
「さすが俺の娘だ。自分が助かりたいばかりに、ほかの人間まで巻き添えにしようとするお前とは大違いだ」
私は両家の親たちを見回した。
「じゃあ、聞き方を変える。病気なのが彩花だったら、私に腎臓を提供させる?」
ほとんど間を置かず、父が答えた。
「そんなことをするわけがない!何だかんだ言っても、お前たちはどちらも俺の娘だ。一人を犠牲にして、もう一人を助ける親がどこにいる!自分が根っから腐ってるからといって、世の中の人間が全員同じだと思うな。まともな人間なら、そんな恥知らずなことは口にできない!」
その答えを聞き、私はようやく吹っ切れた。
「分かった。その言葉、忘れないでね。署名してもいい。でも、私からも一つ条件を加える。これから先、あなたたちに何があっても、私を頼らないで」
第4話
私がそう言うと、養父は鼻で笑った。
「俺たちがお前なんかを頼ることがあるか。彩花は俺の体質を受け継いでるんだ。健康そのものだ!」
養母も横から嫌みを浴びせた。
「私たちまで病気になって死ねばいいと思ってるんでしょう。本当に疫病神ね!」
彩花はペンを取り、契約書にその条件を書き加えた。
「いいじゃない。加えたいなら加えれば。みんな、私たちを公平に扱うって言ってたもの。これから困ったことがあったら、私に言って。私の家族には、あなたの治療まで背負う義務はないんだから」
彩花が契約書を差し出した。
細かな条項がびっしり並んでいたが、内容は何一つ頭に入らなかった。
私の目に映ったのは、ただ一つ。
「放棄」という言葉だけだった。
自嘲するように笑い、全員の刺すような視線を浴びながら、自分の名前を書いた。
弁護士の立ち会いのもとで一連の様子を動画に残すと、その場にいた全員がほっと息をついた。
それまで黙っていた母が近づき、優しい声で言った。
「安心して、彩乃。お母さんはずっとそばにいるから。もう遅いし、今日は眠りなさい。明日、病院へ連れていってあげる」
母は私を物置へ押し込んだ。
1時間ほどすると、母がドアの外からそっと声をかけた。
「彩乃、もう寝た?」
私は返事をしなかった。
しばらくして、養父の声が聞こえてきた。
「寝たみたいだ。早く荷物をまとめろ。そっちもだ。彩花はもう大学に合格してるんだから、別の街で暮らしたって何とかなる。いつまでも落ち込んでても仕方ない。こいつは運が悪かったんだ。子どもたちはまだ若いのに、たった一人のために家族全員で人生を台なしにするつもりか?」
硬いパイプベッドに座ったまま、ドアの向こうで荷物を運ぶ音が次第に遠ざかっていくのを聞いていた。
玄関の閉まる音が響き、家の中から物音が完全に消えた。
リビングへ出ると、家財はほとんど運び出されていた。
ローテーブルの上には、封筒が一つだけ残されていた。
中にはわずかな現金と、短い手紙が入っていた。
【あなたも彩花も、お母さんの娘よ。あなたのために彩花を諦めることはできない。お母さんを恨まないでね】
突然、笑いが漏れた。
顔を拭って初めて、頬が涙で濡れていることに気づいた。
部屋へ戻り、小さな金属製の箱を取り出した。
中には、アクセサリーがいくつか入っていた。
祖母が亡くなる前、私に残してくれたものだった。
祖母は長年田舎で暮らし、十分な教育を受ける機会にも恵まれなかった。
それでも、このアクセサリーを誰にも奪われないよう、人の力を借りて公正証書遺言まで用意してくれた。
祖母は、この世界で最後に私を愛してくれた人だった。
自分を愛してくれる人がいる場所だけが、本当の家なのだ。
祖母がいなくなったあと、私はもう一人きりだった。これまでは、他人の家に居候していただけなのだ。
帰る家がないのなら、どこへ行っても同じだ。
私はアクセサリーを売り、100万円あまりを手にした。
そのお金でアクションカメラと旅の装備をそろえ、西へ向かう旅に出た。
旅の動画を投稿するアカウントを開設し、「18歳女子のひとり旅冒険記」と名づけた。
最初に投稿した動画が思いがけず注目を集め、初めてまとまった収益を得た。
疑う声も多かったが、それ以上に応援してくれる人がいた。
半年かけて、高原や山岳地帯を巡る長いルートを踏破した。
道中で小さな村へ立ち寄ると、村の人たちはいつも心を尽くして迎えてくれた。
温かい料理と清潔な部屋。かつて自分の家では一度も得られなかったものが、そこにはあった。
このまま行き先も定めず、一生旅を続けるのだと思っていた。
ところが今日、養母から電話がかかってきた。
電話の向こうから、荒い息遣いが聞こえた。
しばらくして大きく息を吸い、養母が言った。
「尿毒症だったのはあなたじゃない。彩花だったの」